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二度目の夜明けを <第2章スタート>  作者: ret_riever
第2章 均等の裏側 *第16話~第30話

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戦場の洗礼・中

ルッツ17歳。盗賊団との戦闘が続く。

谷間の戦闘は混沌としていた。


 盗賊団は十五人前後。だが地形の利を活かした待ち伏せで、十二人の巡回部隊を完全に分断していた。先行の経験兵六人は斜面を登って盗賊の左翼と交戦中。後衛の俺たちは谷底に取り残され、右斜面から散発的に矢と火弾を浴びている。


 肩を射抜かれた兵士をフリッツが岩陰に引きずり込んだ。矢は骨には達していないが出血が多い。基礎的な水癒(すいゆ)ができる経験兵が止血を試みているが、余裕はない。


「エーベルハルト! 右斜面に三人いる。牽制しろ」


 後衛を率いる経験兵ヴォルフが怒鳴った。三十代の赤毛の男で、声が大きい。


「分かりました」


 分かったと答えたが、手は震えたままだった。さっき盗賊の胸を火弾で焼いた感触が、掌にこびりついている。


 それでも動いた。岩陰から半身を出し、右斜面に向けて火弾を放つ。


 赤い光球が暗い森に飛んだ。木の幹に当たり、小さな火花を散らして消えた。的外れだ。二十メートルの距離で木を撃っている。人を狙ったのではない。牽制だ。自分にそう言い聞かせた。


 斜面から返答の火弾が飛んできた。岩の右側を掠め、地面に炸裂した。熱い破片が頬をかすった。


「くそ――」


 体を岩に戻した。息が荒い。


 訓練とは何もかもが違う。訓練場の的は撃ち返してこない。訓練場の火弾は魔力を抑えた模擬弾だ。ここでは、本物の魔力が本気で俺を殺しにくる。


 もう一度、斜面に向けて火弾を放った。今度はもう少し近い位置に着弾した。盗賊が木の陰に引っ込む気配がした。牽制にはなっている。


 だが、それだけだ。


 この距離では、新式の火弾では当たらない。魔力の散逸が大きすぎる。十五メートルを超えると精度が急激に落ち、二十メートルでは的に当てること自体が困難になる。訓練場ではなんとか中の上を維持していたが、あれは的が動かなかったからだ。


 相手は動く。隠れる。撃ち返してくる。


 新式魔法の設計思想は、大量の魔力を短距離で叩きつけること。十メートル以内の近接戦で真価を発揮する。それ以上の距離では、力が足りないのではなく、散逸して届かない。


 旧式なら届く。


 その考えが頭をよぎった瞬間、体が勝手に動いていた。


          ◇


 掌に魔力を集めた。


 いつもの手順だ。腹の奥から魔力を引き上げ、腕を通って掌に集中させる。ここまでは新式魔法(ノイエ)と同じ。


 だが次の工程で、手順を変えた。


 圧縮。新式では魔力を一気に圧縮し、瞬時に放出する。速い。力強い。だが圧縮が荒いから、放出した瞬間に外殻が崩れて魔力が散る。


 俺は圧縮の速度を落とした。新式の速度ではなく、レナに教わった旧式魔法(アルテ)の手法で、魔力の外殻を丁寧に整えた。一層、二層、三層。薄い膜を重ねるように魔力の球を包む。


 時間がかかる。本来の旧式であれば三十秒以上かける工程を、新式の速度感で五秒に圧縮する。無理がある。矛盾する二つの設計思想を、力ずくで噛み合わせている。


 掌の上の火弾が、揺れた。


 不安定だ。外殻の整形が間に合っていない。新式の速度と旧式の精密さが喧嘩している。


 構わず放った。


「火弾!」


 赤い光球が、飛んだ。


 通常の火弾とは軌道が違った。散逸しない。十五メートルを超えても魔力がまとまったまま飛翔し、二十メートル先の木の幹を直撃した。


 衝撃は通常の倍近かった。木の表面が大きく焼け焦げ、幹にめり込むような焼痕が残った。


 成功した。


 いや、半分だけ成功した。外殻の整形が不完全だったから、着弾時に魔力の一部が明後日の方向に飛散した。精度で言えば六十点。だが通常の新式火弾が二十メートルで三十点なら、これは前進だ。


「もう一発」


 同じ手順を繰り返した。魔力を集め、新式の速度で圧縮しながら、旧式の精密さで外殻を整える。


 今度は失敗した。


 圧縮の途中で外殻が破裂し、魔力が掌の上で暴発した。熱い衝撃が手首まで突き抜け、指先が一瞬痺れた。


「つっ――」


 暴発。混成(ミッテ)の最大の弱点だ。二つの術式体系の設計思想が矛盾しているから、制御を誤ると魔力が内側に弾ける。夜間訓練でも三回に一回は暴発していた。


 実戦で暴発すれば、自分の手を吹き飛ばしかねない。


 だが今は、暴発を恐れている余裕がなかった。


 三度目。集中した。呼吸を整え、魔力を丁寧に集め、圧縮と整形を同時に行う。矛盾を承知で、二つの工程を一つに折りたたむ。


 成功した。


 火弾が二十五メートル先の斜面に着弾した。盗賊が隠れていた岩の裏側に爆炎が上がり、悲鳴が聞こえた。


「当たった」


 フリッツが驚いた声を上げた。


「エーベルハルト、今のは何だ? あの距離で火弾が当たるのか?」


「説明は後だ」


 説明できるような代物ではなかった。成功率は三回に二回。いや、さっきの暴発を考えれば二回に一回か。実戦で使うには危険すぎる。


 だが今は、これしか手段がない。


          ◇


 戦況は膠着していた。


 先行部隊のハインツたちが左斜面の盗賊を押し返しつつあるが、右斜面からの攻撃が止まない。後衛の俺たちは谷底で防戦一方だ。


 その時、谷の奥から新たな声が聞こえた。


「こっちだ! 左から回り込め!」


 聞き覚えのある声だった。


 若い。力強い。明朗で、恐怖の影がない。


 谷の奥から現れたのは、共和国軍第四連隊の小隊だった。六人編成。先頭に立っていたのは――


「エミル」


 思わず名前を呼んでいた。


 エミル・リヒターが谷底に降りてきた。軍装は泥にまみれ、額に汗が光っている。だが目は輝いていた。戦場を恐れない目だ。


「ルッツ! 生きてたか!」


 エミルが駆け寄ってきた。笑っている。この状況で笑っている。


「何でお前がここにいる」


「第四連隊の辺境巡回だ。二つ北の谷で別の盗賊の残党を追ってたら、こっちで戦闘の音がした。来てみたらお前がいるとは」


「助かった」


「礼は後だ。右斜面だな?」


 エミルは一瞬で状況を把握した。谷底の布陣、味方の負傷者、敵の位置。エミルは優秀な兵士だ。訓練所の成績だけではない。戦場を読む目がある。


「俺が正面から突っ込む。お前は横から牽制しろ」


「正面からって、お前——」


迅駆(じんく)。大丈夫だ」


 エミルが地面を蹴った。


 迅駆(じんく)。脚部を魔力で強化し、瞬間的な加速を生む新式の強化魔法。エミルのそれは訓練所の時よりも遥かに速かった。残像が見えるほどの速度で斜面を駆け上がる。


 盗賊が反応する前に、エミルは距離を詰めていた。


「火弾!」


 至近距離から放たれたエミルの火弾は、正統派の新式魔法そのものだった。圧倒的な魔力量と速度。十メートル以内で放たれた火弾は散逸する間もなく直撃し、盗賊の一人を吹き飛ばした。


 強い。


 新式の正統派としては、同世代で頭一つ抜けている。魔力量が多く、圧縮速度が速く、何より迷いがない。戦闘における迷いの有無は、術の威力を大きく左右する。エミルには迷いがない。


 残りの盗賊がエミルに注意を向けた隙に、俺は右斜面に向けて混成型の火弾を放った。成功した。二十メートル先の盗賊の足元で炸裂し、男が体勢を崩した。


 エミルが追撃する。もう一人の盗賊を迅駆で追い詰め、鉄身で強化した拳で殴り倒した。


 右斜面の盗賊三人が制圧された。同時に、左斜面でもハインツの部隊が残る盗賊を追い散らしていた。


 戦闘が終わりつつあった。


          ◇


 日が傾いていた。


 谷間に長い影が落ちる中、エミルの小隊と合流した巡回部隊は、盗賊の拠点を制圧した。


 盗賊団は結局十三人。うち五人が負傷して捕縛、三人が逃走、残りは交戦中に散り散りになった。死者は出ていない。盗賊側にも、巡回部隊側にも。


 俺は地面に座り込んでいた。


 背中を大きな岩に預けている。足が震えている。手も震えている。全身から力が抜けて、立てない。


「おい、ルッツ」


 エミルが横に座った。自分の水筒を差し出してきた。


「飲め。脱水になるぞ」


 水筒を受け取り、口をつけた。水が喉を通る感覚すら、鈍く感じる。


「お前の火弾、変だったな」


 エミルが静かに言った。


「変?」


「射程が長い。あの距離で当たるのは普通じゃない。訓練所の時より明らかに伸びてる」


「……自分でもよく分からない」


 嘘だった。分かっている。混成型だ。新式の速度と旧式の精密さを組み合わせた火弾。だがそれをエミルに説明することはできない。


 エミルは黙って空を見上げた。夕焼けが山の稜線を赤く染めている。


「まあいいさ。お前の秘密はお前のものだ」


 軽い口調だった。だが、その言葉の裏に何かが沈んでいることを、俺は感じ取っていた。エミルは疑っている。訓練所の時から。だが今は追及しない。


「ルッツ」


「何だ」


「背中を預けられる相手が戦場にいるのは心強い」


 エミルが笑った。あの七歳の日と同じ、曇りのない笑顔。


 俺は笑い返した。


 背中を預ける。戦場で命を託す。


 だがエミルが信じているものと、俺が目指しているものは違う。エミルは共和国を守るために戦っている。俺はその共和国の構造を疑っている。


 背中を合わせて戦いながら、見ている方角が正反対だ。


 いつか、その矛盾が表に出る日が来る。


 だが今日ではない。今日だけは、友人と背中を合わせて生き延びた。それだけで十分だった。


 夕焼けの光が、谷間を赤く照らしていた。

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