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二度目の夜明けを <完結済み>  作者: Studio Yodaca
1章 革命の残り香 *1話〜15話

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教官の目

ルッツ16歳。訓練所生活2ヶ月目。独自の魔法訓練が、ある人物の目に留まります。

異変に気づいたのは、グスタフ教官だった。


 訓練二ヶ月目の実技試験。的撃ちの演習だった。二十メートル先の木板に火弾(かだん)を当てる、単純な精度試験。


 新式魔法(ノイエ)の火弾は、この距離では散逸が大きい。ほとんどの新兵は的を外すか、当たっても焦げ跡が薄い。エミルは例外で、的の中心を正確に焼き抜いた。才能の差だ。


 俺の番が来た。


 掌に魔力を集め、圧縮し、放出する。


 火弾が飛んだ。的に当たった。焦げ跡は中心からやや右にずれたが、深く焼き込んでいる。二十メートル先でこの焼き込み深度は、新式魔法としては不自然に高い。


 魔力が散逸していないのだ。旧式魔法(アルテ)の制御を無意識に混ぜていた。


 失敗した。目立たないように中の上を維持していたのに、つい本気を出してしまった。実技試験という緊張が、逆に普段抑えている技術を引き出してしまったらしい。


 グスタフ教官の目が、俺の焦げ跡を見つめていた。


          ◇


 その日の夕食後、教官室に呼ばれた。


 グスタフ教官は机の向こうに座り、腕を組んで俺を見ていた。傷だらけの顔に、読めない表情が浮かんでいる。


「エーベルハルト。座れ」


 椅子に座った。教官の目は、訓練場で新兵を見る時とは違う質の鋭さを持っていた。


「今日の的撃ち。二十メートルであの焼き込みは普通じゃない。お前の魔力量は中の上だ。あの距離であの威力を出すには、散逸率がほぼゼロでなければならない」


 的確な分析だった。革命戦争を生き延びた古参兵は、伊達ではない。


「お前の術式展開、妙に滑らかだな。新式にしては制御が細かすぎる。どこで覚えた」


 心臓が跳ねた。だが表情には出さない。前世のサービス業で培った、クレーム対応時の無表情が役に立つ。


「独学です」


「独学」


 教官の眉が上がった。信じていない目だ。


「独学で旧式の制御法を身につけたと?」


「旧式かどうかは分かりません。ただ、放出時の散逸が気になったので、自分なりに制御方法を工夫しました」


 嘘ではない。完全な嘘ではない。レナに教わった基礎の上に、自分の工夫を重ねている。「自分なりの工夫」という部分は事実だ。


 グスタフ教官は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。


「旧式魔法の制御法は、貴族の家系で伝承されてきた技術だ。書物にはほとんど残っていない。口伝でしか伝わらない部分が多い。それを『独学』で身につけるのは、通常は不可能だ」


 沈黙が落ちた。


 教官は知っている。旧式の制御法を知るには、旧式を使える人間から教わるしかないことを。つまり、旧貴族との接触を疑っているのだ。


「エーベルハルト」


「はい」


「お前の母親は、ヒルデ・エーベルハルトだ」


「はい」


「俺はあの人の下で戦った。第七中隊の末席だったがな」


 予想外の言葉だった。教官が母の部下だった。


「あの人は強かった。新式魔法の使い手としては、カール総帥に次ぐ実力だった。だがあの人の本当の強さは、魔法じゃなかった」


「何だったんですか」


「目だ。人を見る目。嘘を見抜き、本質を見る目。お前にはあの人と同じ目がある」


 教官の視線が、まっすぐに俺を射抜いていた。


「だからこそ、言っておく。お前には目をつけている。何をしているかは、今は問わない。だが軍の中で変なことをすれば、俺はお前を守れない」


 警告だった。同時に、見逃しでもあった。


 グスタフ教官は、俺の秘密を暴こうとはしなかった。追及すれば旧貴族との接触が発覚し、俺は処分される。だが教官はそれを選ばなかった。


 母の部下だったから。母への敬意が、俺への温情に変わっている。


「ありがとうございます。気をつけます」


「気をつけろ。英雄の息子であることは、お前を守りもするが、同時に目立たせもする。上の連中は、お前を利用したがるだろう。その時に自分を見失うなよ」


「はい」


「もう行け」


 教官室を出た。廊下に出ると、エミルが壁に寄りかかって待っていた。


「大丈夫か? 何か言われたか?」


「大したことじゃない。母さんの部下だったらしくてな。昔話をされた」


「そうか。よかった」


 エミルの顔に安堵が浮かんだ。


「お前が呼ばれた時、心配したんだ。ルッツは昔から変わった魔法の使い方をするからさ。教官に目をつけられたんじゃないかって」


「目はつけられたみたいだ。だが悪い意味じゃない」


「ならいいけど」


 エミルは笑った。友人を心配し、友人の無事を喜ぶ。エミルは変わらない。


 俺が変わっていく中で、エミルだけが変わらない。それが救いであり、同時に、いつか大きな痛みになることを、俺は予感していた。


          ◇


 夜、寝台の上で天井を見つめた。


 グスタフ教官の言葉を反芻する。


 「上の連中は、お前を利用したがる」。


 上の連中。元勲会。均等裁定院。ヴェルナー・グラーン。


 英雄の息子という肩書きは、体制にとって格好の宣伝材料だ。「ヒルデの息子が共和国軍で活躍している」。それだけで体制の正当性が補強される。


 利用される側になるか、利用する側に回るか。


 前世の俺は、いつも利用される側だった。安い時給で使い潰され、体を壊して死んだ。


 今度は違う。利用されるふりをしながら、内側から学ぶ。歯車のふりをして、機械の設計図を盗む。


 危険な賭けだ。だが安全な道では、何も変わらない。


 前の人生で、安全な道を選び続けた結果は知っている。


 目を閉じた。明日も訓練がある。


 体を休めながら、頭の中で術式の設計を続けた。新式の速度と旧式の精密さ。この二つを噛み合わせる歯車の形が、少しずつ見えてきている。


 まだ足りない。だが、前に進んでいる。

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