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二度目の夜明けを <第3章スタート>  作者: ret_riever
1章 革命の残り香 *1話〜15話

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革命祭

ルッツ14歳。毎年恒例の革命記念日。均等裁定院長ヴェルナー・グラーンが初めて姿を現します。

革命記念日は、この国で最も盛大な祝日だ。


 十四歳の俺は、広場の群衆の中に立っていた。


 中央広場は人で埋め尽くされている。革命の英雄たちの名が刻まれた石碑の周りに、深紅と金の旗が林立し、軍楽隊が行進曲を奏でている。屋台が並び、子供たちが走り回り、大人たちは杯を掲げて歓声を上げている。


 祭りだ。この国にとって、革命は祝うべき記憶だ。


 エミルは祭りが好きだった。去年までは一緒に来ていた。今年は誘わなかった。あの教室での会話の後、二人の間には薄い膜のようなものがある。話はする。一緒に食事も取る。だがどこかぎこちない。


 一人で祭りを見るのは、悪くなかった。前世の花火大会を思い出す。あの時も一人だった。コンビニのシフトが終わった後、帰り道の河川敷から見上げた花火。周りは恋人や家族連れで、俺だけが一人だった。


 今も一人だが、あの時とは違う。あの時は孤独だった。今は、一人でいることを選んでいる。


          ◇


 式典の開始を告げるラッパが鳴った。


 群衆が静まる。壇上に人影が並ぶ。元勲会の幹部たち。革命の指導者層。この国の実質的な支配者だ。


 その中に、一人の男がいた。


 五十代前半。白髪交じりの黒髪を撫でつけ、灰色の外套を纏っている。痩せた体躯だが、背筋は伸びている。目は鋭く、群衆を見渡す視線には冷静な計算がある。


 ヴェルナー・グラーン。均等裁定院の院長。元勲会の中核メンバー。そして――母の日記に名前が載っている男だ。


 壇上に進み出たヴェルナーが、演説を始めた。


「市民の皆さん。十九回目の革命記念日を、共に祝えることを嬉しく思います」


 声が通る。広場の隅まで届く、訓練された演説の声だ。


「十九年前、この広場は戦場でした。私たちの父母は、この石畳の上で血を流し、自由のために戦いました。魔法が血統に宿るという嘘を打ち砕き、すべての国民に等しく魔法を学ぶ権利を勝ち取りました」


 群衆が頷く。拍手が起こる。


「しかし、自由は一度勝ち取れば終わりではありません。自由は、守り続けなければ失われるものです。革命の灯を絶やしてはなりません。我々は均等の守護者であり続けなければなりません」


 巧みだった。


 前世の社会人の目で見ても、この演説は上手い。声の抑揚、間の取り方、言葉の選び方。群衆の感情を掴み、高揚させ、一体感を作り出す技術を持っている。


 だが俺は、その技術の裏にあるものを見ていた。


「均等の守護者」。その言葉を口にする男が、実際にやっていることは何だ。忠誠心で教育を配分し、旧貴族を壁の向こうに閉じ込め、反対の声を握り潰す。


 言っていることは美しい。


 やっていることと、違う。


 前世で何度も見たパターンだ。テレビの中の政治家が「国民のため」と語りながら、実際には利権を守っている。企業の経営者が「社員は家族」と言いながら、平気でリストラをする。言葉と行動の乖離。それに気づく人間は少ない。気づいても声を上げる人間はもっと少ない。


 ヴェルナーの演説が続く。


「最後に、革命の最大の英雄に敬意を表します。紅の黎明、ヒルデ・エーベルハルト。彼女の犠牲なくして、今日の我々はありません。彼女の名を胸に、前へ進みましょう」


 群衆が歓声を上げた。


 母の名だ。ヴェルナーが母の名を使って群衆を鼓舞している。


 母の日記には、この男への不信が記されていた。「ヴェルナーが言う『必要な統制』とは何だ」。母はこの男の本質を見抜きかけていた。


 そしてこの男は今、母の名を演説の締めくくりに使っている。死者は反論できない。英雄の名は、生きている人間の道具になる。


 石碑に刻まれた母の名。壁画に描かれた母の姿。演説で語られる母の犠牲。全部、この体制を正当化するための道具だ。


 拳を握った。爪が掌に食い込んだ。


          ◇


 祭りの喧騒が続く中、俺は広場を離れた。


 東区画に足を向ける。壁が見える場所まで来ると、いつもとは違う光景があった。


 壁の門が閉じている。門の前に、通常の倍の数の兵士が立っている。


 外出禁止令。革命記念日は、隔離区の住人は外に出ることすら許されない。


 こちら側が祝っている間、向こう側は閉じ込められている。


 祝えないのだ。自分たちを打倒した革命の記念日を、祝える道理がない。だが黙っていることすら許されず、外出禁止という形で存在を消される。


 レナは今頃、あの狭い部屋でヘルミーネと二人、静かに過ごしているのだろう。窓の外から聞こえる歓声と花火の音を、どんな気持ちで聞いているのか。


 俺には想像することしかできない。想像するだけでも、胸の奥が軋む。


          ◇


 家に帰ると、予想通り父がいた。


 居間の椅子に沈み込み、杯を手にしている。祭りには行かず、家で飲んでいる。毎年のことだ。


 だが今年は、少し違った。


 父の目が、いつもの虚ろさではなく、何かを堪えるような色をしていた。


「おかえり」


「ただいま」


「祭りか」


「うん。見てきた」


 椅子に座った。テーブルの上に、杯が二つ置かれている。一つは父のもの。もう一つは、空のまま暖炉の側に置かれている。


 母の分だ。


 毎年の革命記念日に、父は母の分の杯を用意する。中身は入れない。ただ置くだけだ。


「父さん。一つ訊いていいか」


「何だ」


「なぜ祭りに行かないんだ」


 毎年訊いている。毎年、父は答えを濁す。だが今年は、酒の量がいつもより多いせいか、あるいは俺が十四歳になったからか、父は少しだけ口を開いた。


「祝う気になれん」


「どうして」


「……ヒルデが生きていたら、あの祭りを見てどう思うか。考えると、な」


 それだけだった。それ以上は語らなかった。


 だが十分だった。


 父は知っている。この祭りが祝っているものの裏側を。母の名が利用されていることを。そしてそれに対して何もできない自分を。


 だから祝えない。祝うことは、その欺瞞に加担することだからだ。


 かといって、声を上げることもできない。声を上げれば、母の死を否定することになるから。


 沈黙という名の牢獄に、父は自分を閉じ込めている。


 その牢獄の鍵は、父自身が持っている。開けようと思えば開けられる。だが開けた先に何があるか分からないから、開けない。


 前世の俺も同じだった。変えようと思えば変えられたかもしれないことを、変えなかった。病院に行く金を工面する方法はあったかもしれない。生活保護を申請する手段もあったかもしれない。何もしなかった。何もしないまま死んだ。


「父さん」


「何だ」


「母さんの分の杯に、今年は中身を入れたら?」


 父が俺を見た。目が少し大きくなった。


「母さんも飲みたいだろ。一人だけ空の杯は可哀想だ」


 しばらくの沈黙の後、父は瓶を手に取り、母の杯に酒を注いだ。


 琥珀色の液体が、小さな杯を満たした。


「――かあさんに」


 父が杯を掲げた。声が震えていた。


「ヒルデに」


 俺も水の入った杯を掲げた。


 窓の外で、花火が上がった。赤と金の光が、一瞬だけ部屋を照らした。


 父の頬に、光の筋が走った。涙だったのか、花火の反射だったのか。


 俺は訊かなかった。

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