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6夜 豚は駆ける、真夜中を

痛っ……。

あの野郎、ガチでボコボコに殴りやがって。


激闘を制した俺は早々にこの腐った便所(ろうや)からバックレる。騒ぎを聞きつけて他の兵隊がやってきたら終わりだからな。


鎧野郎が持っていた鍵と槍を杖代わりに、体を引きずり牢を進む。

サビの浮いた鍵穴に鍵を削り入れて、その先にあった階段を笑う足で登る。そして、ゆっくりと頭を突き出した。


(誰も……居ねぇな)


目線を隅々まで滑らせる。

何も無いと言ってしまえばそれまでの簡素の部屋。

四角い部屋を囲む石を積み上げた壁に、テーブルと椅子が所在なさげに真ん中に陣取っている。


そこに一つだけ備え付けられた黒い扉があった。

少し隙間の開いた扉は、錆びた鉄の取手が付いた鉄の扉で、違和感を覚えるぐらい補強されて分厚くなっている。

物音を極力出さないようにひたひたと足裏を床から剥がして、少しだけ開いた隙間から向こう側を覗き見る。



「……ん? なんだこの匂い、すげぇ爽やかな香りと甘ったるい蜜っていうか……鼻がいかれたか?」


さっきまでクソの中で泳いでた……そう言っても問題ない場所に長居していたせいなのか、それとも殴られすぎて感覚がバグったのーーまぁ、んなことどうでもいい。

正直、体を動かせるのも限界が近い。

風船みたいに膨らんだ腕でドアをゆっくり押した。


その前に確認、確認。

豚の記憶によればここは何やら騎士団が昔使ってた建物らしい。よく分かんねぇが、洋画に出てくる剣と盾持ってチャンバラやってる奴らの詰め所みたいなとこみたいだ。


そこで出てくる私怨ザ・ムービー。

イケメン君とかなり仲が良かったらしく、ガキの頃からよく遊んでたみてぇだ。そんで、その記憶に出てくる隠し通路が俺の目当ての場所なわけで、マリーと待ち合わせを決めた水路に伸びる安全な道がそこにあるらしい。


ーーそこは確か……井戸はどこだぁ? 


外に出てあたりを見回す。

そこには映画セットのようなデカい石造りの建物が囲むように立っていた。あんだけドタバタやってたのに誰も出てこなかったのは奇跡かなんかか? 


いや多分違うな。アイツ相当嫌われてたんだろやっぱ。仕事押し付けられて皆は寝てるみたいなパターンだろ。残業を押し付けられたヤツと同じ穴の狢な気がした。 


とりあえずここにいるのはマズイってことだけは確かだ。

(さっさと移動すっか)


早速、外に出ると槍を支えに歩き出した。

夜の静けさと光のなさに少し薄気味悪さを感じながら、知らねぇ場所で探し物までしなきゃならねぇ事にため息が出た。

このまま何もないと良いがな。


ふと、そう思った時、明かりが揺れた。


咄嗟に身を屈めてうずくまった。

全く遮蔽物のないグラウンドみてぇな所でうずくまるっていう最悪な場状況。二人組っぽい影があきらかに急いだ雰囲気で走ってくる。


ーーえ、ガチっすか? 俺終わった?


どんどん近づいてくる足音と揺れる明かりは一直線に俺がいた小屋に向かって走っていく。バレてないような足取りに「ふぅ~」と息を吐いて俺は動向を盗み見る。


「急いで牢の中を確認しろ!」


「やっぱりあの平民、全く使えないじゃないですか~!」


「仕方がないだろ! そもそもあの豚一匹すら見張れないって、一体どういうことだ。これで逃げられでもしたら俺の首が飛ぶ。急いで確認だ!」


「分かりました~!」


バレずに済んだが嫌なやり取りを聞いちまった。


(なんで、もうバレてんだよ。なにこれ、セムコでも入ってのか?)


脇に差した長剣を抜き払うとギラついた光が反射した。奴らがゆっくりとドアの中に入っていったのを確認して、俺は起き上がると蹄を回転させて遠くの建物に向かって走った。


ズキリと響く痛みに足が引きつる。このままじゃあまた逆戻りだ。それだけはマジで無理、あんな奇跡二度目はねぇぞ!


ただでさえスペック不足の満身創痍。

探し物はまだ見つかってない。

どこにあるかも分かってない。

それなのに見つかってる……。


ーー脚本家仕事しろってマジで。面白おかしく踊らせてんじゃねーぞ!


蹄で地面を蹴りつけて痛む体を抑えながら全力で進む。そしてようやくたどり着いて一息入れた。


「おい! 誰だそこにいるのは!」


振り返ると続々とお仲間の皆さんが集まってきていた。その一人に俺は呼び止められたってわけだが、絶望が挨拶してきたような気がした。


距離は結構離れている。

このままシカト決め込むか、なんとかうまい言い訳をするかの二択だが、俺はぱっと振り返り声を張り上げた。


「は! 先に入られた『隊長』に命じられ、死刑囚の捜索を引き受けました」


跪くと足がメキメキと音を鳴らす。

グッと息を止めて一ミリも声を漏らさないように歯を食いしばる。


ーー大丈夫。顔も姿も朧気だ。ぜってぇ気づくわけねぇ。


ただーー問題なのは隊長と言ったことだ。

名前なんか知らないし聞かれたら死ぬほど厄介だ。そう言っときゃ先回りで質問を潰せる。それに出たとこ勝負で勝てばこのままおさらばだ。


(頼む~~~~! 正解であってくれ!)


「……」


嫌な間が流れる。

額から脂汗が吹き出て、鼓膜が脈と一緒に震えた。

刺すような痛みが腫れた頬に伝わって焼けたようにひりつかせる。

なんでなんも言わねぇ。何を勘ぐってやがる? 頼む、なんか言えって!


「……分かった。そっちの方の捜索は頼んだぞ!」


「は! 了解しました!」


ぶっはああああああ、あっぶねええええぇ!

イエスイエスイエスイエス。

これでなんとか時間を稼げた。今のうちに見つけるっきゃねぇ!


俺はすっと立ち上がって何事もなかったように歩き始めた。石の建物の角を曲がり、痛む足もお構い無しで進み続ける。内臓はひっくり返り肋が軋む。それでも止まることは出来ねぇ。

時間がない現実に一秒すら無駄にできる贅沢は俺には無かった。


そして、花が敷き詰まった庭園みたいな場所を超えるとーー


「見つけた!」


真っ白な石で囲まれた井戸を発見した。

夜空から降ってくる月光で浮かび上がった井戸は、淡く揺らめく紫の花に囲まれて、幻想的な風景を浮かび上がらせていた。


眼の前のゴールがポッカリと口を開けて待っている。

俺は急ぐ気持ちを抑えて足を引きずり前へと進む。井戸の縁に手をかけて中を覗き込むと、古い縄梯子が下へと続いている。

身を翻し足を掛けるとそのまま底へ降りていく。


少しひんやりとする空気。

井戸の最下層から伸びる真っ暗なトンネルは先が見えねぇ。それでも手を伸ばし、壁伝いに奥へ奥へと進んで行く。

アドレナリンが出過ぎてるのか体の痛みも全く気にならない。少しホコリが喉を刺激すると見えた光。


やがて水が流れる音が聞こえ始めると遂に視界が開けた。

高い壁が森の中を一直線に抜ける脇から俺は顔を出す。あの最悪な地下と比べるなんて痴がましいくらいに輝いて見える世界は、まるで誰も居ない深夜の商店街のように落ち着いていた。


身を乗り出して水が下る方に足を降り出す。

やがて人影が遠くに一人、ぽつんと立っていた。


「ちゃんといるではないか」


「私も、あなたを利用する」


「くくっ、それで良い。これからよろしく頼むぞ相棒殿?」


「違います」


マリーは心底嫌そうな顔していた。

最悪な口説き文句だったしなぁ……。


「公爵様、早く引き上げましょう」


「ヤト」


「……ヤト?」


「そうだ。これから、私の事はそう呼べ」


夜を駆ける。

俺だけのあだ名。







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