5夜 豚は歓喜する、夜の始まりに
覗いてくださりありがとうございます。
主人公の言動に粗暴な表現が含まれますが、演出の一環としてお楽しみいただければ幸いです。
「くくっ、覚悟は出来てるんだろうな?」
「……」
1、2……。
俺は頭の中でカウントを始める。
ガチのバトルが始まるその前準備ってやつだ。細工は流々。やれることは全てやった。後は派手に踊ればいいだけ。
もしかすれば、一回も脱出のチャンスが無いままに、首とおさらばするような事態になっていたかもしれねぇ。だが、鎧野郎は俺の策にことごとくハマった。
しかし、油断大敵だ。
ヤツは腐っても兵士だ。
贅肉で奢った丸い体と豚足じゃあ、普通にやったらサンドバッグ確定。間違いなく防戦一方になる展開は予想に難くねぇ。
だからーー180秒だ。プロボクサーでもキツイ1ラウンド3分のクロック。
その時間をなんとか省エネで回して相手を先に疲れさせる戦法。
これしかねぇだろうな。
ヤツを上手く捌けるか、そしてこの豚の蹄を温存しつつ逃げ回れるかが鍵だ。
無理なら脂肪になんとかしてもらう。
叩かれすぎて柔らかくなっちまう前に終われば最高だが夢の見過ぎか。
俺は鎧野郎と向かい合った。
ヤツの体はあきらかに絞られていて、それなのに服を引っ張る筋肉の膨らみもある。一筋縄ではいかねぇ……。
俺の経験とカンが『ヤバい』と言ってる。
それに問題はあの鎧だ。手、足、胴の攻撃は意味をなさねぇ。
だが、果たして何キロあるのやら。
互いの視線が交差するとバチッと弾ける。
鎧野郎が目玉をギョロつかせながら俺を見下ろした。
「おいおい、さっきまでの勢いはどうした?」
ヤツが不敵に笑うと、カシャンと鳴らす甲冑からロウソクの火が跳ねた。その反応を見た俺はクスクスと笑い応戦する。
「さすが……哀れな犬だ。今だにお喋りがしたいらしい」
唇を引き結ぶヤツの目が座った。
床に転がる指輪が鈍く輝く。
試合のゴングが鳴ったようだ。
鎧野郎の肩がピクついた。と同時に飛んでくる狙いすました拳。空を割いて一切の淀みなく顔面を凹ませようと突き進んでくる。
もちろん予備動作で見切ってるから躱す。が、出来の悪いイヤホンみてぇにコンマ数秒反応が遅れやがる。
「動けクソブタがぁ!」と脳内で毒づきながら、なんとか反応するぐらいのスペック。
小刻みに跳ねていつでも動ける体勢を作る。
さっきのパンチで大体の力量を把握する。
間違いなく当たれば床を舐めることになるだろう。久しぶりに鳥肌が立ったのがいい証拠だ。だが、負けじと俺はブタパンチを繰り出す。
顔の前で指を折り畳み、軽く握った拳を軽く突き出した。
ーーヘロヘロ〜。
「……」
ブチギレ必至の、猫パンチより弱そうな豆キャノンが空を凪いだ。
(な、なんだよこのパンチ! それに引き換え……。チッ、やっぱ強ぇなコイツ、兵隊っつうのは伊達じゃねぇ)
心の中で吐き捨てる。
幾度となく飛んでくるヤツの拳をガードで止める。まともにヒットするたびに、痺れる電気が骨の中を走り回る。ハムで出来た腕が、上がらなくなるのも時間の問題な気がしてきた。
とにかく相手を疲れさせろ。
その一心でちょこまかと四角形の狭くて暗い牢屋で蹄を鳴らす。そうやって逃げ回っていると今度は膝が泣き言を抜かすようになってきた。
頭で数えてる秒数はーー50。
重い。体がクソ重めぇ。
両足が真っ赤に焼けた鉄棒になりかけてるし、腕はガードのお陰で膨らんでる。肺は頼りねぇ音を奏でてるし、おまけに邪魔な腹が跳ねてらぁ。
息も上がってきて動きが徐々に鈍くなってきた。
分かっちゃいるがどんどんと隅に追いやられる。狙って導線を絞ってやがる鎧野郎はやっぱ兵士だわ。
「お前、もう息が上がってるぞ?」
「はぁ、はぁ……。だからどうした。掛かってこい負け犬」
「じゃあ、遠慮なく行かせてもらう!」
(クソ! まだ1分超えたばっかだぞ! コイツの体老人かよ! 運動不足すぎるだーー)
グシャッ! 鎧野郎の拳が肉をかき分けて脇腹に刺さった。
ぐうううっ~~~~。歯を食いしばれ! 苦しい表情をするな。歯を見せろ。腕を上げろ。足を動かせ!
ボディーブローがマシュマロをかき分けて内臓を潰す。悶絶しそうになりながらも靴を鳴らすが容赦なく退路を塞いでくる。
そして、岩でも仕込んでんじゃねーかって言いたくなる拳の連撃を、ここぞとばかりにガード関係なく打ち下ろしてきやがった。
ーー誰だよ180秒とか言ったの! 一秒がクソ長げぇぞクソッタレが!
ヤツの上がったギアに徐々に追い込まれ始めた。
何とか退路を見出しても、俺よりもスマートな足で塞がれる。一撃の重いパンチで元の場所に押し込まれる。これをずっと繰り返しているばかりだ。
(くそっ! 邪魔だ退きやがれ!)
一方的な戦況に、たまらず無理くり体をぶつけて退路の隙間をこじ開けに行く。
しかし、ビクともしねぇ......!
弾かれて出来た隙にすかさず飛んできた横殴りのボディブローが腹を強襲。ぐうううううう! と唸り声を漏らす羽目になった。
すると潮目が変わる。
腹への怒涛の攻撃が始まりやがった。
ドスっと重たい音が響くと俺の呼吸も一瞬止まった。
まるで話にならないスペックの差を見せつけるように弄ばれる。目論んでた脂肪ブロックは機能不全になっていた。
「オラ、オラ、オラァ!」
「ぐふっ……!」
内臓を掻き回されて、たまらず顎が浮きそうになった。
その瞬間だった。
ーーバキッ!
視界が歪んだ。
フラッシュの様な残像が視界に居座り、一瞬の浮遊感の後に、俺は何故か床に転がっていた。
眼の前はハッキリしてるのに体が言うことが聞かねぇ。
何が起きた?
何をやられた?
「おいおい。一撃かぁ? 豚野郎」
倒れてるところに容赦なく飛んでくる足。
つま先が腹を抉りながら蹴り上げると、ゴロゴロと転がる。皮肉なことに、この時ようやく部屋の角から解放された。
「なに寝てやがるクソブタ。さっさと起きろ!」
「ぐうっ、う、あ」
髪を掴まれて無理やり起こされると、顔面に拳が突き刺さった。
ーーぶっ!
壁に殴り飛ばされる。
痛みが原因なのか生理現象なのか、何も分かんねぇが涙が吹き出てきた。鼻には血の匂いがべっとり張り付いて呼吸の邪魔をする。
衝撃で体の自由を取り戻したが、今度はお構いなしの鉄拳が降ってきた。動けず縫い付けられた様に、その場でたたらを踏んだ。
動くことも忘れ、痛みに耐えて、やっとの思いで顔を上げるとヤツと目が合う。
口を開けて疲れたように息を吐いていた。
目に映る俺は既に豚にすら映ってねぇ様子だ。精肉店のフックに掛かった肉でも見てんのか無表情の目がそこにはあった。
牢屋の最奥まで詰められた俺は縮こまる選択しか残されていない。あと何秒耐えられるかも分からなくなった今、残酷にも鎧野郎の向こう側にある鉄格子の、10メートルも離れていないオレンジ色を帯びる開いた扉が、絶望的な場所にあると悟っちまった。
ーー全てはあそこに、あそこに全部揃ってるって言うのに……。
「無様だなぁ!報いを受けろクソ豚ああああ!」
「ぐっ、ブゴッ」
ドッドッドッと鈍い音を跳ね返す石壁。
息が出来ない。
殴られ過ぎて肺がうまく膨らまない。
持ち上がった顔にヤツの拳が掠めると頬を切り裂いた。
腕はもう使いもんになんねぇ。それでも必死にガードを作る。顔にやけに硬い何かが当たると目に閃光が走った。
ヤツがなにか叫んだが聞き取れない。
ーーもう、ダメかもな。
そんな弱音が心から漏れた。
立ってるだけで既に限界だった。
息をすると血の泡が口から垂れて、鼻は血で塞がれて情けない音を鳴らす。膝はもう笑ってるだけで機能してない。
頭はかろうじて動くが、もう何秒だったかさえ分からねぇ。
そうだ。
諦めちまおう。
土台、無理な話だったんだ。
このまま意識を手放して楽になりゃあ良い。
自己嫌悪しながら目線を下げた。
ぼやけた意識に掠れる視界、投げやりな気持ちを夢に落とす、終わりかけの一歩手前で見えたものはーー鎧野郎の震えた足だった。
動け! 顔上げろ。
動け! ヤツを見ろ。
動け! 呆けてる場合じゃない。
動け! 準備は整ってるだろ!
ヨレヨレの体に力を入れる。
奥歯をギッと噛み締めて顔を上げる。
全ては、縋るには細すぎる希望を掴むために。
鎧野郎は無表情で俺の前に立った。
息を切らし体を小刻みに揺らしている。そのまま足を後ろに下げると、半身になって右腕を引き始める。
そして、限界まで引き上げられたヤツの右腕が、スイングモーションに入る直前の右腕が、今まさに火を噴こうとしていた。
その瞬間ーー
「勝ったと思ったか?」
「は?」
俺は床を蹴り飛ばしてーー駆けた。
腕を伸ばせば簡単に届く間合い。まだ着地していない爪先を目掛け、全身全霊の肉弾を発射する。
ヤツが大振りを繰り出す、その一瞬を盗んだ特攻。
無様に殴られ、タコ殴りにされて、耐えきった先に湧いた最初で最後のワンチャンスに全てを込める。
最初からこうなると分かってた。
買収が失敗した瞬間に肉弾戦以外の方法は残っちゃいねぇ。
だが、パンピーが兵隊相手に喧嘩で勝てる道理は眉毛一本もない。
判断を鈍らせ、疲れさせ、重い甲冑を着こんだハンデ戦に持ち込んでようやく半々。
俺が待っていたのは、ヤツの足が悲鳴を上げる瞬間だった。
鍵はブラフだ。どうでもいい。全ては、このクソ野郎を牢の中に引きずり込む事がホントの狙いだった。
後は運任せだがーーサイコロ勝負なら負ける気がしねぇ!
「うおおおおおおおおおお!」
全体重を乗せたタックルをぶち込んで足を抱き上げる。気力はもう無いが根性だけでクソ重い鎧野郎を押し込んでいく。
ヤツの弱点の脚は相当キテるはずだ。しかし、転ばせるにはあと一つ足りねぇ。
「ぐっ! 豚野郎ッ! 何のつもりだ!」
ヤツはよろめきながら器用に片足を使って後退していく。相手の足腰が強いのは想定済み。それに打ち合ったんだ、嫌ほど分かってんだよ。
(だが危険だぜ? そこはよぉ!)
「そっちに行ってぇええぇ! 大丈夫かあああぁぁ!」
「何言ってーー」
ヤツが着地すると同時に何かが床で砕けた。
硬い石と金属が混ざった音の正体は、床に散らばるネックレスや指輪達の悲鳴だった。
「な、に……!」
ギラつくミラーボールの反射光が、割れた宝石から這い出てきた。俺がばら撒いたアクセを踏み抜いて、ヤツの足の軸が平行にズレる。
目を全開で開いた傾いていく鎧野郎。
ヤツの手が空中で彷徨い必死で捕まる何かを探す。だが、容赦なく俺は突き飛ばした。
鎧野郎のバランスは崩壊して、石の床に叩きつけられた。転がるように石畳に倒れると、鎧の擦れた金属音がひしゃげた悲鳴に変わった。
「うっ……!」
派手にコケる鎧野郎には脇目も振らず、牢前に置かれたコイツの武器を掴み取りにいく。
ヤツは重い金属の鎧が仇となって、起き上がった時には既に俺の手の平が槍をキツく握り締めた後だ。
「はぁはぁ……どうした? 何かあったのか?」
俺は喉元に切っ先を突きつける。
ヤツは床にケツを擦り付けながら後ずさって壁際まで引っ込んだ。初めて見せる情けない姿に笑いが込み上げてきた。
俺と鎧野郎の場所が反転し、最初の始まりから1日。
生き残りを賭けた戦いの終焉。それを決定づけるように、窓から差し込む月明りが間に割って入ると、ヤツと俺を分ける境界線のように石畳を白く染め上げた。
「だから言っただろう。『槍を使え』とな」
「ひ、卑怯者......! 貴族なら、男なら正々堂々とーー」
「それ以上、口にするな負け犬。みっともないと思わないのか? 勝負の後に、キャンッキャンッと泣いて」
豚の体に引っ張られて変換される言葉も、この時ばかりは脳が溶けるくらいに気持ちがいい。あんなにボコボコにされたんだから、少しぐらい馬鹿にしてやってもいいだろ?
「くっ……! くくくくぅふふそぉぉおおおおがああああ!」
「お前の敗因を教えてやろう。ヌル過ぎた。私の首が欲しければ最初か
ら殺す気で来るべきだったのだ。ではそろそろ……お別れの時間だ」
俺はそう言って槍を目一杯に振り上げた。
「や、やめ……!」
ーーガッチャン!
「誰が殺すと言った? これだから平民風情は……はっ!」
扉が勢いよく締まると秒で鍵をセットしてやる。
俺は痛む体を抱いて、クスクスと笑ってその場を後にすると雄叫びが夜を走り抜けた。
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