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4夜 豚は絞める、運命の首を

覗いてくださりありがとうございます。

主人公の言動に粗暴な表現が含まれますが、演出の一環としてお楽しみいただければ幸いです。

世界は闇に包まれていた。

神の子達は沈黙し、暗闇の中で騒めく木々が不気味に囁く夜。喧騒に溢れていた町も、今はただ、安眠の繭の中に閉じこもるのだった。


ーーただ一つ、悪臭に染まった絶望と濡れ光る鉄格子が泣く、この場所だけは別だった。


ガンッ、ガンッ、ガンッ!


「おい無能。寝ている場合ではないぞ? 私は喉が渇いた。早く、水を持ってこい!」


飯食ってザコ寝。

目がパッチリ開いた時にはもう窓の向こうは暗い。タイミングは完璧。そこからずっと、俺は鎧野郎に徹底的な挑発を繰り返していた。


奴は案の定、交代もせずに見張ってる。

何時間も椅子に座り、ろくなリラックスも出来ないままな。


朝に挑発したのは正解だったぜ。

意地張って絶対離れようとしねぇもん、アイツ……。ぷぷっ。


奴の血走った目の中にあった、怒りに混ざる眠気。連勤明けのイライラしたナースのそれだったのを覚えてる。


だがーーこのままじゃあ意味がねぇ。何とかして、もう一回、俺を殺したくなってもらわねぇとな。

『注文と違う』とキレる客の顔を思い出しながら、クソイラつく態度で神経を逆撫でてやる。


夜が明けたらリアルに俺はネオンの淡い光みたいに消えちまう。早いことバックレないと明日の太陽が見納めとかシャレになんねぇぞ。


「はぁ~~~」


何度もトライしてると鎧野郎が重てぇ溜息をついた。表情は完全に死んでるしチラ見すると、即行そっこうで目を切りやがった。


ーーまじぃな。疲れの方が勝っちまってる。


このままじゃ本気でやべぇ。

モールで荷物持ちしてるオッサンになってんだけど?

くそっ、もっとこう、ガツンとくる……うっ!


檻の中で小道具を探すと木で出来たバケツがあった。

ゴクリと喉を鳴らし、近づいて中を確認するとーーとっくの昔にイカれた鼻に、目の奥で弾ける激臭が貫通しやがった。


繁華街のマンホールの下、いや、それよりエグイ物体がなみなみ入ってんだが……。


「……オエエエ」


無理無理無理。 これを掴んだら、人間として終わる。

だけど、掴まなきゃ人生も終わっちまう。

……へへっ、やるしかねぇのかよ、マジで。


極限まで追い詰められて『ハイ』になるっつうか、変なスイッチがオンになりやがる。思わず笑いが出ると、だりぃ事に『やれ』と俺の脳から命令が送られてきた……。


(く、そが……。う、あっ……ああああっ!)


突っ込んだ手に『それ』がねっとりと纏わり付き、そんでブボッとヘドロ音と一緒に薄黄色の湯気が見えた気がした。


息が、出来ねぇ。


俺は柵までダッシュで駆け寄った。

一握りの汚物を持ち、手を鉄柵に突き出して、狙いを定め腕を振りぬいた。そしたら宙を漂って『べちゃり』。気色悪りぃ音を立てた『それ』が鎧野郎に抱き着いた。


「……ん? なっ、ななななんだこれは!」


さっきまでお通夜ムードの鎧野郎が飛び上がった。

そこに間髪入れず、クソガキを真似た甲高い声を弾き出した。


「キャハハハハ! 無能に、は……ぶっ。ギャハハハッ。おに、お似あ、ぐふふっははは……ひぃ~~腹が痛い。ブゴォ!」


「ふっ……ん、ぐっぎぎぎ! クソ豚があああ!」


みるみるうちに顔面が鬼になる鎧野郎。

確かな手応えに俺は内心ほくそ笑んだ。正直、八方塞がりになっちまってた所だが、ラストチャンスになる『ちょっかい』が土壇場で状況をひっくり返した。


鎧野郎は怒り狂った表情を引っ提げて向かってくる。そしたら野郎のギチギチに握りこんだ槍の切っ先が目の前に飛んできた。


目ん玉スレスレで止まった槍の先に一瞬避けそうになる。

息を止めておいて正解だったな。

ガチで焦ったが微動だにしてねぇはず。


(こっからが……本当の勝負)


作り笑いのまま、目の前の鈍く光る刃を軽く見る。そっから目線を鎧野郎にゆっくりと移して、奴の目の奥をしっかりと見据えた。


ーー囁くぜ?


「なんだ……? 一体、どうしたって言うんだ。汚い豚の、ただのお遊びではないか。人間、なんだろう貴様は? ならどうしてそんなに、怒っているのだ?」


肩をすくめ、腕を仰ぎ、湿り気を含ませた言葉を吐く。一切のブレも出しちゃならねぇガチの演技。瞼の裏に蘇るのはクソイラつく豚の姿、それだけが残るように刷り込んでやらなきゃならねぇ。


顔を突き合わせた鎧野郎はギリギリと歯を軋ませた。今にも誰か殺しそうな勢いの顔がぐにゃりと歪むと怒号が壁に跳ね返る。


「殺してやるぞおおお! 明日の処刑など、もうっ、どうでもいい……! 今すぐお前を串刺しにしてーー」


「無理だ」


奴の言葉を途中で食いちぎってから、「ちっちっちっ」と俺は指を顔の前でゆっくりと揺らす。


「貴様にそんな度胸……あるわけがなかろう」


「……なに!」


シャツの裾で汚ねぇ手を拭いて、俺は肩をさっと払いのけた。

襟を正し、身なりを整え、奴の目をただ真っすぐに射抜いて言ってやる。


「貴様が『本当』に、私を痛めつけることができるなら、もう既に、朝の時点で事が起こっていたはずだ。だが結果は……どうだ? 私は今も健康そのものだ」


腕を大の字にすると見せつける様に体を捻る。トドメにすまし顔まで作っておどけて見せた。そしたら途端に鎧野郎の表情が曇った。

さっきまでの勢いも、全てドブの中にボチャンだ。


「ぐっ……!」


「無能……。柵の向こうから吠える犬。ほら? 刺してみろ? この綺麗な顔を、殴ってみろ?」


「こ、この!」


ぺちぺちと頬を叩く。

そして、凝視する様に奴の腰横に目線を移した。

すると……。


「……ふっ、くくっ! ふはははは! そういう事か。豚ァ、お前の狙いは見切った。いいだろう、乗ってやるぞ、その誘い」


腰にぶら下がった黒い鉄の棒。

アンティーク小物にありそうな鍵を外して、奴は宙でくるくると回した。


「そうだよなぁ。明日には死ぬもんなぁ。そこから逃げるにはこれが必要だもんな。いいぞ、お前のお望み通り叩きのめしてやるよ。だが、この鍵はここにでも掛けておくか?」


そう言うと鎧野郎はロウソクが立つ台を見た。


ーーカモの首に縄が掛かった。


「くくっ。平民が随分と大きく出たな。腐っても私は高位の貴族だぞ? ああ、そうだ。手加減をやろうではないか。お前はその槍をつかーー」


「黙れ糞豚! お前を相手にするのに武器なんて必要ない。汚れるだけだ。これでも俺は兵士だぜ? そこら辺の『お貴族様』に負けるわけないだろ」


鎧野郎はそう言って槍を壁に立てかけた。


「さぁ、始めようぜ? 豚野郎」


ガチャリと錠が回ると、金切り声を上げる建付けの悪りぃ扉が開いた。




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