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3夜 豚は笑う、共犯者を添えて

覗いてくださりありがとうございます。

主人公の言動に粗暴な表現が含まれますが、演出の一環としてお楽しみいただければ幸いです。

「これはアートか何かか?」


眼の前には飯っぽい何かがあった。

腹が減っては戦えねぇが、食ったら食ったで、戦力ダウンしそうな透明なお湯とシワシワの物体。


ーー成金が持ってそうな絵画のやつじゃん。


これは……ただの塩混ぜたお湯じゃねーか!

路地裏で踏まれてるガムの方がまだ弾力がある『茶色の石』が皿に乗ってるし。


仕方ねぇから『茶色の石』を、薄っすら残る塩味のお湯に突っ込んで、なんとか粘土まで巻き戻す。


クッチャ……クッチャ……。

……おぇ。


まぁ、うまいはずねぇよな。

ギリ食える状態になっても限度っつうもんがあるし、つか、炊き出しに並ぶ奴でもこんなもん食わねーけど?


んっ。

んぐっ、ぶっ、フゴッ! 

ゴクリ。


口を抑え込むと強制的に胃に落とした。

さすがの俺でも危うくリバースしそうだわ。

それでも今は贅沢言ってるヒマはねぇ。さっさと次の粘土、行くか……。


ーーんで、問題は。

  

キャバの雑居ビルが建ち並ぶ隙間に美術館がある、くらいの不自然な女が壁際に立ってる。


そいつは豚の元専属メイドだったマリー。

見た目普通のガキがすまし顔で突っ立ってる。掃き溜め以下のこの場所に豚の餌を持って来た張本人だ。


貴族ってぇのはスゲェな。

死ぬ直前までオムツ履かせに来る世話焼き人が居んのかよ。それか看守の代わりか……よく分かんねぇわ。


俺は皿を戻しつつ横目で流し見る。

マリーは白い肌と、スレンダーな体ーーと言えば聞こえはいいが、痩せすぎで、明らかに食って無さそうな貧相な体をしてる。


豚の家は結構リッチなはずだ。


金払いも良かった記憶があるが、なんでそんな身なりしてんだ? 

と、疑問が浮かんだ。だが、脳味噌に契約時の記憶が湧いてきて疑問も解けた。


おふくろさんか……。


豚の記憶を当てにするしかねぇが、コイツの母親はえらく重い病気を患ってるらしい。

17で出稼ぎに来て豚家のメイドに就職。で、そのまま専属って流れだが、気性の荒い豚の世話なんて誰がやんだよって話だよな。


先輩にイビられてたのか、志願したのか……。

分かんねぇけど、辞めねぇからひでぇ扱いを受けてたようだ。ガチの糞豚で笑えねぇが、ここじゃあ普通っぽい。


まぁ、豚がトチ狂ってイケメン君をヤろうとしたが、

その道連れになりかけて、ギリ助かった。

そんな感じの流れ。


今も相当、母親に金をつぎ込んでんだろうな。


胸糞悪いが夜の世界っていうのはこういうのが大量にいる。

飯食いたさにガキが体売ったり、手が後ろに回るような事もやったり……。


と、言っても他人を気遣ってる余裕は1ミリも、無い。


ーーコイツ利用できる。


だよなぁ、そういう男なんだよね俺って。

切り替えの早さは惚れ惚れするくらいだ。


鎧野郎の時と同じ事故は勘弁だから、しっかり頭でシミュレーション。

言葉が勝手に変換されるのを織り込んで話を作らなきゃなんねぇ。


ああー、だから……。こうして、アレしてーーよし。

頭の中で言葉を置いてく。

よっしゃ、俺の囁きーーぶっ刺されよ?


「相も変わらず、気が利かない女だな」


壁際で、色褪せた目をしているマリー。

かつての『俺』なら、ここで皿を投げつけていただろうが、マリーもそれを予期してか、わずかに肩を張った。


「……申し訳ございません」


感情の失せた声だ。

豚への敬意なんてドブに捨てちまってるはずだが、 それでもマリーが俺を見捨てず、この地獄まで飯を運び続けてきた理由はーー。


「くくっ、そのような顔をするな。貴様が今もそこに立っているのは、情があるからでもなく、忠誠心があるわけでもない。私が払う『金』を必要としてるからだな? ……病の母の治療代、まだまだ不足してる。そうだろ?」


ピクリ、と。 マリーの表情が揺れた。


「侯爵様にはもう関係ないではあーー」


「母親の、治療法を知っているが……。そうか、すまないことを聞いた」


「……なっ!」


如何にも申し訳なさそうな顔を作って顔面に張り付ける。


「貴様は死刑囚の元専属メイドになるが、次の働き口が見つかることを祈る」


そう言ったらマリーの瞳孔が剝き出しになった。


あの目知ってるぜ?

怒りと不安、そして答えを知りたくてたまんねぇヤツの目だ。


人つうのは、どんだけポーカーフェイス決めようが、

目だけは語っちまうように出来てる。


言葉を疑い、過去を思い返し、信用できる人間、

じゃなかったとしても喉から手が出るほど欲しい物をチラつかせると、あっけなく動いちまう。


揺れてる、揺れてる。

そうとう効いてんなこれは。

こうなったら、そっと突き落としてやりゃいい。


「どうした? 物欲しそうな顔を……してるじゃないか。お前も分かってると思うが私は約束は絶対守る。お前に金を払わなかった時が一度でもあったか?いやない。一度たりともだ」


「何が、おっしゃりたいのか分かりません」


「……私はここから脱出する。だから手伝え」


「は?」


「しっ!」


俺は唇を押さえ、ワザとらしく見回してからマリーに向き直る。


「お前の考えてることは全て承知している。『豚』の私にそんなこと出来るわけがない、リスクが高すぎる……とな。だが安心するがいい。お前に頼みたいのは『ある場所』に、馬車を付けてもらう。たった、それだけだ」


「……つ、つまり。……落ち合うということ、ですか?」


マリーの不安そうな声は震えていた。

ゆっくりと剥がれ落ちた仮面の裏は年相応な面をしてる。


「ああ、そうだ。やるか、やらないか……どちらを選んでも構わない。私はお前を利用し、貴様も私を利用する。それだけのこと」


マリーは黙りこんだ。

17のガキが決断できる甘っちょろい内容じゃない。だが、肝が座ってるのはバカでも分かる。


なんてたって豚の屋敷だ。金欲しさに小心者が働けるような場所じゃねぇはずだ。


「『明日』になれば私は死ぬだろう。それは変えられない。それでも無様に足掻いてやる、生き残ってやるぞ。だから、お前は母を救え。そして私の手を取って、一緒に堕ちろ」


マリーは何も答えねぇ。

しかし、震える手で空になった皿を盆に載せ、逃げるように背を向けた。


「日没までに、ここから離れた最初の水路だ」


鉄格子の閉まる重い音が、長い余韻を残して消える。


――さて、返事を聞く必要はねぇだろう。


「……腹が膨れたら、眠くなってきやがった」


俺は、豚の体を床に投げ出した。

明日の処刑――、

その『舞台袖』で待つ、鎧野郎の顔を思い浮かべながら目を閉じた。


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