4.雅人の真実
次の週末、美月は手紙に書かれている住所を訪ねた。
「あった…」
立派な1戸建てだ。表札を確認すると、「TACHIBANA」とある。美月の心拍数は一気に跳ね上がった。深呼吸をして、インターホンを押す。
「はい。」
女性が出た。声からして、40代後半から50代前半だろう。
「佐藤美月と申します。橘雅人さんはいらっしゃいますか。」
「失礼ですが、主人とはどのような関係ですか?」
「娘です。」
「……少々お待ちください。」
玄関に出てきた女性は、美月を見て一瞬息を飲んだあと、
「立ち話もなんですから、どうぞ。」
と、家の中に案内してくれた。
「橘雅人の妻の紫乃です。」
女性は2人分のお茶を準備しながら、そう自己紹介した。紫乃はドイツで日本語学校の教師をしていたという。雅人とはドイツで出会い交際を始め、雅人の帰国を期に結婚したそうだ。
「佐藤さん、あなたは本当に主人の子供なんですか?」
「はい、先日母が亡くなりまして、今日はその事を父に伝えに来ました。母が遺した手紙にそう書いてありました。」
美月は手紙と写真を見せた。紫乃は美月に確認して、手紙を読む。
「そうね。お母様が意味もなくこんな手紙を遺すメリットもないし、これ程似ているなら主人の娘で間違いないでしょうね。」
「それで、父は外出中ですか?」
「主人は3年前にすい臓がんで亡くなりました。」
「そんな…」
美月は言葉を失った。30年間の人生で始めて父に会いに来たら、既に亡くなっているという。最近はまさかの出来事が多すぎる。それが人生だといえばそれまでだが、頭がついていかない。
2人の間に沈黙が落ちる。破ったのは紫乃だった。
「失礼ですが、佐藤さん、年齢は?」
「30歳です。」
「そう、じゃああの子の腹違いの姉ね。」
紫乃は独りごちて、美月にこう告げた。
「主人と私には1人娘がいます。雪乃と言います。24歳です。あなたにとっては異母妹になります。大学を卒業して、就職を期に1人暮らしをしています。会いたいですか?」
紫乃はスマホの画面に表示された女性の写真を見せながらそう言った。彼女が雪乃だろう。ストレートの黒髪が印象的だった。
「もちろんです!」
真由美は美月を育てるために仕事で忙しく、幼い頃から1人での留守番に寂しい思いをしていた美月は、密かに兄弟姉妹の存在に憧れていた。しかし、自分のために一生懸命働いてくれている母にその思いをぶつけるわけにもいかず、心に留めていた。
美月の返事に紫乃は頷き、スマホを手に席を外した。雪乃に事情を説明するのだろう。
数分後、電話を終えた紫乃が戻って来た。
「今からなら大丈夫だそうです。1時間後にこちらの最寄駅に来るように伝えておきました。行ってみてください。」
「はい、ありがとうございます。」
その後、美月は紫乃と世間話をして、雅人の仏壇に手を合わせた後に橘家を辞した。