14.記憶喪失 美月side
その朝、いつも通り美月はスマホのアラームで目を覚ました。
朝食を食べようとリビングに向かうと、電気が付いていた。それだけだったら、昨夜消し忘れただけだと思っただろう。しかし、物音がする。おそるおそるリビングを覗くと、台所に知らない女性がいた。しかも、2人分の朝食とお弁当と作っている。
予想外の光景に美月が状況を飲み込めずに固まっていると、女性が美月に気づいてさらに予想外の言葉を発した。
「お姉ちゃんおはよう」
今「お姉ちゃん」と言ったのか。母子家庭で育った美月に兄弟姉妹はいないはずだ。
「…どちら様ですか?」
「…は?」
今度は女性の表情が固まる番た。
女性は雪乃と名乗った。美月を「お姉ちゃん」と呼んだ通り、異母妹らしい。美月は混乱したまま、雪乃に病院に連れてこられた。美月は最近、この病院に入院していたという。
医師の診断によると、美月は「逆行性健忘」、いわゆる記憶喪失の状態だという。
ドラマか漫画のような展開に呆然としている美月の代わりに、雪乃が話を聞いてくれた。
家に帰ると、雪乃が改めて自己紹介をしてくれた。
「さっそくだけど、私は雪乃。あなたの異母妹です。」
「私に妹がいたなんて信じられないけど、そうなんだ…」
「亡くなったお母さんからの手紙はどこにあるか分かる?」
雪乃がなぜ手紙の存在を知っているのか疑問だが、美月は雪乃と出会ってからの記憶がないので仕方がない。美月は頷くと、自室に戻った。母の真由美の遺品が入った箱から手紙を取りだし、リビングに戻ってテーブルの上に広げる。手紙を読めば何かしら記憶が戻るかもしれないと期待したが、残念ながらそんなことはなかった。内心がっかりしながら、美月は雪乃に矢継ぎ早に質問した。
「つまり、私の父親の雅人さんが、母と別れた後に結婚した女性との間にできた子供が雪乃ってこと?」
「そういうこと。」
自分がいわゆる「愛人の子」でないことに、美月はとりあえずほっとした。
「雅人さんは今どうしているの?」
「3年前にガンで亡くなったよ。」
「どうして一緒に住むことになったの?」
「私、元彼にストーカーされてて。それを知ったお姉ちゃんが元彼の知らないこの家に来ないかって提案してくれたの。でも、彼は探偵を雇って居場所を突き止めて、飲み会の帰りに襲われた。そのときにお姉ちゃんがかばってくれたんだけど、頭を打って記憶喪失になったの。でも、元彼は逮捕されたから大丈夫だよ。」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう。迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね。」
美月はそう告げると、逃げるようにリビングを後にした。
雪乃は料理も家事も手伝ってくれる良い妹だった。しかし、雪乃と出会うまでの経緯が思い出せない美月は、どうしても他人としてしか見れず、ぎこちない態度になってしまった。このままではいけないと、距離を縮めるために話しかけても共通の話題が分からず、会話が続かない。
幸い、日常生活に支障はないため、美月は以前と変わらず出社していた。経理業務は月ごとのルーティンが決まっているため、記憶がなくても進捗を確認すれば次に何をすれば良いのか分かった。
雪乃と顔を合わせると気まずい空気になってしまうため、美月は次第に自主残業をするようになった。家には入浴と寝るためだけに帰るようになり、雪乃とは家庭内別居状態になっていった。




