11.和真の襲撃 前編
その日、雪乃は担当していたプロジェクト完了の打ち上げに参加していた。大きなプロジェクトだったこともあり、打ち上げは大いに盛り上がってなかなか終わりそうになかった。雪乃は同居をするときに決めた通り、美月に連絡をした。
「打ち上げがまだ終わらなそうだから、帰るのは22時過ぎるかも。」
「分かった。駅まで迎えに行こうか?」
「大丈夫だよ。ありがとう。」
結局、打ち上げが終わって雪乃が駅に着いたときには22時を過ぎていた。
「お姉ちゃん、今駅に着いたよ。」
「分かった。気をつけてね。」
そう美月に電話をしてスマホをバックにしまった途端、雪乃は誰かに腕を掴まれた。
「遅すぎるよね…」
リビングの時計を見て美月はつぶやいた。
時刻は22時40分。雪乃から駅に着いたと連絡があったのは22時過ぎ。駅から家までは10分もあれば着く距離だ。
「コンビニでも寄ってるのかな…」
しかし、そもそも買い物は美月の担当だし、雪乃は打ち上げの後だからお腹が空いているわけでもあるまい。さっきから何度も電話を掛けているのに繋がらない。メッセージを送っても既読にならない。美月は次第に焦り始め、ついに家を飛び出した。
「どうしてここにいるの…」
雪乃は自分の腕を掴み、行く手を阻む人物を見上げた。街灯に照らされた顔は、久々に見る和真だった。
「おまえがいけないんだろ。メッセージも電話も無視するから会いに行ってやったら警察から警告なんてふざけた文書が届いて。探偵雇って調べさせたら、美月とかいう女の家に引っ越し?意味わかんねーよ!」
付き合っていた頃の、基本的には優しかった和真からは想像もできないような粗い口調だった。
(全部ばれてる‼)
雪乃は衝撃で顔を青くした。暗がりで顔色の変化に気づかれていないことを願う。
雪乃は声が震えないように精一杯強がる。しかし、足はガクガクだ。心臓が早鐘のように鳴っている。
「私はもう和真と別れたの。例え付き合っていたとしても、私がどこで誰と住もうと私の自由でしょ?」
「うるさい!おまえは俺の手の届く範囲にいなきゃダメなんだよ!あんなに尽くしてやったのに、なんで別れたがるんだよ!今までのデート代返せ!」
(むちゃくちゃだ…)
雪乃は呆れて声も出ない。デート代は雪乃がせびっていたわけではなく、和真から「彼氏の役目だから」といって出してくれていたのだ。それを今更返せと言う。
「答えろよ!なんで別れたがるんだよ!」
和真の怒鳴り声に雪乃ははっと我に返る。気がつけば言い返していた。
「あなたのその執着心が大嫌いなのよ!付き合っていたときもそう、さっきの発言もそう。『雪乃を愛しているから心配だ』とか言って私のことを何もかも知りたがるけど、あなたが支配したいだけじゃない!」
こんな声が出るのかと、雪乃は自分でも驚いていた。
荒い息をつきながらそっと和真の様子を伺うと、呆然としているようだった。雪乃に言われた内容より、雪乃が自分に怒鳴ったという事実にショックを受けているようだ。雪乃はもともと大人しい性格で、和真だけでなく誰に対しても声を荒げることはなかった。そんな雪乃が初めて怒鳴ったのだ。
次第に意味が飲み込めたのか、和真の目つきが一段と険しくなった。唇がわなわなと震えている。
そして、いきなり拳を振り上げた。
(殴られる!)
雪乃はとっさにバックで顔を守ろうとしたが、和真に腕を掴まれたときに落としていた。雪乃が衝撃と痛みが来るのを覚悟した瞬間、誰かが雪乃に覆い被さった。
美月は家から駅までの道を走っていた。どこからか男の怒鳴り声が聞こえる。それは駅に近づくにつれて、はっきりと聞き取れるようになった。
「答えろよ!なんで別れたがるんだよ!」
男が声を荒げる。直感的に雪乃の元彼だと思った。
「あなたのその執着心が大嫌いなのよ!付き合っていたときもそう、さっきの発言もそう。『雪乃を愛しているから心配だ』とか言って私のことを何もかも知りたがるけど、あなたが支配したいだけじゃない!」
雪乃の声だ。普段の穏やかな彼女からは想像もつかない怒鳴り声だった。
美月が路地裏に飛び込むと、男が拳を振り上げていた。それを見るやいなや、美月は反射的に雪乃に覆い被さった。ゴッと鈍い音がして倒れ込む。美月はもろに頭を強打した。
「……ったぁ…」
「お姉ちゃん‼」
「…雪乃、大丈夫?」
「うん、私は大丈夫…」
「良かったの…」
雪乃の無事を確認して気が緩んだ美月は、そのまま意識を手放した。




