第8話 荒野
クーガの操縦だからか、今度はくくられなくて済んだ。
そして初めて基地の外をまともに見て愕然とした。
何もない。
本当に、見渡す限り何もない。道路もない。
モハベ砂漠だってまあ何もないけど、それでも山ぐらいはちょっとは見えるし、車はフリーウェイを走ってる。それに比べて、ほんとに何もない。
あるのは、おそらく爆撃の跡らしい、複数の穴。それからかなり向こうに、運河らしい広めの川。
これ・・・四百年後の世界の姿だとしたら、へこむなぁ。国をこんな風にするために生きてるのかと思うと、がっかり感が半端じゃない。
クーガは車を運転するようにハンドルをくるくる回した。操作は楽勝だ。ボタン一つでエンジンがかかって、デフォルトで十フィートほど浮かぶ。後は車を運転するのとほぼ変わらない。高度の上げ下げ。速度。ブレーキ。それらは足元のペダルで操作するらしい。ナビっぽいコンソールパネルもついていて、速度・高度の表示。位置情報。俺でも操縦できそう。
地図画面に目的地が表示されていて、そこがどうやらユーリィが俺を拾った場所らしかった。
クーガの座席の後ろに立って、背もたれにつかまっていたが、クーガがペダルを踏みこむと、後ろの壁にゴンっと頭をぶつけた。
「あーすまんすまん。いつもの癖で。」
笑いながら、でもスピードを緩めるつもりはないらしい。
後ろに景色が流れるが、そもそも見るべき何物もないから、どのぐらいの距離感か分かりにくい。
一時間弱でマシンは止まった。
「ここだってさ。」
やっぱり何もない場所だった。
そうだ、そう言えば、北東の方からしばらく歩いたんだっけ。
「親切なクーガ君?」
「何だよ。」
「もう三マイルぐらい、こっちの方角に飛んでくれないかな?」
「えー。」
文句言いながらも、クーガは俺が言ったところまで送ってくれた。
この辺かなぁ、と降りたところのすぐそばに、見覚えのある数個の岩。
「ああ、あそこだ。目が覚めたらこの前に倒れてたんだ。」
「へー。」
ぐるぐる回って確認するが、本当にただの岩だった。動かそうとしてもぴくりともしないし、穴が開いている風でもない。裏から見ても、横から見ても、触っても叩いても、ただの岩だ。重なっている風に見えるが、人が入る隙間もない。
俺の背よりも少し高くて、登ると上は意外に滑らかな感じがする。砂岩だからやや風化しているんだろう。
飽きたらしい、クーガが声をかけてきた。
「ホントにここ?」
「ほんと。でも・・どうやってここに来たんだろう。」
「いやいや。それは俺も聞きたい。ここ、ほんと何にもないぜぇ。昔ここらへんに、パサデナ基地があったらしいんだが、海峡を分捕った後、今のところに基地が移ったからな。」
「パサデナ!」
びっくりした俺が絶叫したので、クーガは一歩半ほど後じさった。
「何だ。どうした。」
「俺、パサデナの近くに住んでた。もっと、こんなんじゃなくて、家がいっぱい・・。」
そうだ、俺が吹っ飛ばされたのが、パサデナの郊外だった。嘘だ。本当に俺、タイムスリップしたのか。
「これでバルカン砲でも撃ち込んでみる?」
クーガが、マシンをペシペシ叩く。
「なんで。」
「下に穴が開いてて、元の町に帰れるかもしれないじゃん。」
迷ったが、それはやめてもらった。もしかしたら何かのボタンがあって、元の世界に戻れるドアがパカッと開くかもしれない。ぶち壊してはなんにもならない。
しかし岩を念入りに触っても、押しても、何も起こらなかった。何もない。
辺りを丹念に探すと、なにか部品のようなものが落ちていた。
部品というか、車のドアの取っ手? それから窓枠の一部。
ああそうだ。俺、デニーの車の、運転席のドアのそばに立ってたんだった。
俺と一緒に来たのは、これだけなんだ。
こんなスクラップのかけらなのに、なんか仲間っぽい感じがする。
日が傾いてきて、ちょっと気の毒そうなクーガの声がした。
「どーする?もう一回基地に帰るか?」
もはや元の世界に帰るすべはなさそうだった。
「医者なんでしょ。ちょうどいい。何かの役に立つ。」
フィーンは即答。となれば、ユーリィがぐずぐず言っても決定は覆らない。
「置いてきたらよかったのに。食い扶持が一人増える~。」
「見殺しに出来ないでしょ。捕虜一名で登録しておく。来週にも中央の決定が出るらしいから、その時にどうするか決める。あなたは町に戻る準備でもしておくのね。」
司令官だったフィーンの親父さんが戦死したので、娘のフィーンとそのお世話係?のユーリィは町へ戻ることになりそうなのだった。ついでにここに身を寄せているルーニアも。
俺はしばらく放心状態だったが、一晩寝たら、なんとか頭が回るようになった。
本当に俺、ここで生きていくのか。どうしよう。
親父やお袋、心配してるだろうな。死んだと思っているだろうか。それにアイリィは。あとデルモンテはどうしただろう。
ぐるぐる考えても答えは出ない。
ここで生きていくとしても、戦争は出来ない。医者としてもまだ半人前だ。
どうしたらいいんだろう。ユーリィ達と一緒に、「町へ行く」ことになるんだろうか。