第19節 そして
ユリフェルは、こっちに気が付くとぴょんと飛び上がって、駆け寄ってきた。
「久しぶりじゃん。帰ったんじゃないの。なんでこんなところにいるのさ。」
俺もつられて飛び上がりそうになる。
「帰ったさ。えーと、半年ぶり・・?」
「何言ってんの。二年とかそれぐらいぶりだよ。」
ああ、そうなんだ。
「今何してるんだ?」
「ガッコの帰り。そんで今からそこの店でバイト。」
バルカン砲をぶっぱなしていたはねっかえりとは思えない、普通の女の子のセリフだ。
「フィーンは?」
「サンタバーバラの、叔母さんちにいる。」
「クーガは?」
「そこのパサデナ基地にいるよ。時々この辺にも来る。呼んでくるのは難しいけど。」
白と黄色のボーダーのTシャツに、黒っぽいデニムパンツ。
十九歳のユリフェルは、大人びて見えた。
「前に会った時、この辺り、何もなかったよな?」
「ここは前からこんな感じだよ。」
「でも俺が最初迷子になってたのは、周りに何もなかったからで・・・」
「あんたが迷ってたのは、アンザボレゴとかあっちの辺じゃん。」
めっちゃメキシコ寄り。ここから百マイルは南東だ。
そんなはずはないが、矛盾のすり合わせが起こっていると考えられる。
「みんな、向こうの基地から引き揚げたんだな?」
「みんなって訳じゃないけど。ミラマー基地に今でも残ってるのはいるよ。」
ただクーガに関して言えば、フィーンとの結婚を機に退役するつもりであるらしい。だから内勤に変えてもらった。
あ、結婚するんだ。
「この辺に住むのかな。」
「どうかな。ロサンゼルスの辺りはさ、十年前ぐらいに大きな地震があってから、寂れる一方だよ。すんごい火事になったし、うちの家族とかもみんな死んだし。なにもかも滅茶苦茶になった。」
あ、そういえばユーリィは小さい頃、かっぱらいをやってたって聞いたな。これか。
可哀そうに。
「まだ復旧しないのか。」
「そんな力、もうないんじゃないかな。土地を国が買い取って、軍の施設にしたけどさ。それは復旧じゃないよね。」
ユーリィは、ちらりとモールの向こうを見た。
人の少ないモールには、軍人っぽい男たちがちょっとだけいる。
何かと思ったら、時計を見ているのだった。モールの駐輪場の手前に、時計台がある。
「バイト?」
「あんまり貯金減らしたくないからね。」
「そっか。じゃあ俺行くわ。頑張れよ。」
「うん。ありがと。」
手を振ったユーリィは、振り返らなかった。
ちょっと寂しいなあ。
そう思って歩き出すと、後ろからバタバタっと走る足音がした。
びっくりして立ち止まると
「これ、奢り!」
コーヒーの入ったカップが差し出された。
ああ。
そうだった。
前の時は、飲み物は水しかなかった。
元の時代では、あたりまえのようにガブガブ飲んでいるコーヒーも炭酸飲料も、あの時は全然なかった。
感動する。
「バイト代、目減りするだろう。」
「いいよ。クーガが言ってた。やりたい仕事が見つかったら、ファラのおかげだから感謝しとけって。まあ全然意味わかんないけど。」
思わず後ろのコーヒーショップを見る。
「・・・コーヒーショップの店員?」
ユーリィはぶんむくれた。
「違うよ! この前さ、何だったかすごくいい薬が開発されて、今まで虫に食われてどうしようもなかったブドウの木に、すっごい実が付いたんだって。あと、リンゴも。それでルーシアがさ、ちゃんと勉強して資格が取れたら、研究所の助手に推薦してくれるって。」
頬をぱっとピンク色にして一生懸命に話すユーリィに、やっぱり振ったのはちょっと惜しかったな、と思い直す。
「勉強? 大丈夫なのか?」
「だから頑張ってるんだって。結構イイセンいってんだよ。」
ほんとかなぁ。
「あんたもさ、その、もし向こうでうまく行かなかったら、私んとこ、来たらいいよ。」
おおー。ちょっと可愛くて、揺れる。
いや、いかんいかん。
「でも、俺の居場所は、向こうだから。」
「知ってる。言ってみただけ。じゃあね!」
踵を返したユーリィは、今度こそ振り返らなかった。
アルタデラ・ドライブの研究所跡に戻りながら考える。
みんなそれぞれ、上手くやっているようだ。よかった。
パラドックスは起こらなかった。少なくとも、元の時間と飛ばされた先の時間とは、つながっているようだった。
時間の流れの中で、齟齬は徐々に修正されて、それなりに同じところを目指すようになっているのかもしれない。
あの次元の狭間については、何とかして閉じなくてはと思う。
大体やり方は分かる。
もともと不安定な存在だから、デルがやったような時間の入れ子状態が発生すると、負荷に耐えられないのだろう。
未来に対して「余計なお世話」をするヤツが現れる前に、手を打とう。
エネルギー問題の方は、今の俺が手出しできるレベルの話じゃない。もちろんこの先省エネには努めるが、それが五百年後の世界でどの程度効き目があるか、立証しようがない。
人類の課題って事で。みなさん、よろしく。
俺は俺で、来年度復学して医者を目指す。そんでアイリィにプロボーズしたい。
俺が幸せになったら、未来全体の幸せ度があがるんじゃね? バタフライエフェクトで。なんてな。
(終)




