第4話 AMF
そこから、フィーンがやってくるのにまたしばらくあった。
とりあえず食事はもらえたから、最初よりましだ。
ここしばらく忙しかったから、たまにはのんびりできるのもいい、と強がったが、半日で降参した。
なんにもすることがないのも、まあ地獄だ。
食事は二度、どっちも初見のおじさんが持ってきた。
「おーい、出せよー。敵じゃないって言ってんだろうよー。」
暇なので忘れられないように自己主張していると、急に足音がして、鉄格子の外に明るいブロンドが見えた。
フィーンは相変わらず忙しいらしい。前置きも何もなく、いきなり本題だった。
「ユーリィに話は聞いた。エイムリーサ人でもムシーガ人でもないということらしいが、本当か?」
「ええと、俺はアメリカ人です。」
「ん?イング・・何とか人じゃないのか。」
「あ、話しているのは、イングリッシュっていう言葉です。」
「ははん。」
考える風だったのもほんの一瞬だった。
「とにかく、どっちでもないなら捕虜でもなく味方でもないということだ。釈放する。元のところへユーリィに送らせる。拘束して悪かった。」
周りにいた男どもにいくつか指示すると、フィーンは階段を駆け上がっていった。
鉄格子が開けられた。
いやしかし、元のところったって。何にもない荒野だった。そこに置いて行かれても、数日で餓死するだけだ。
おっさんたちに連れられて上に上がると、ユーリィが文句を言っていた。
「えー、ここでいいじゃん。せいぜい八十マールてとこでしょ。一日か二日歩いたら着くよ。」
「あんたが連れてきたんでしょ。文句言わない。」
フィーンは、相手が女の子だと、自分もややマイルドな話し方になるらしい。
そのそばに、もう一人女性がいてびっくりする。背が高い。髪は濃い目のブロンド。綺麗で色っぽい。フィーンよりも少し年上に見える。
ここ前線って言ってたのに、こんな女性がいるなんて意外だ。
あ、この人がルーシアか。
こちらをみて、小首をかしげた。
「やはり見覚えはないな。少なくとも私の知人ではない。姓は?」
「ファラ・・・フォーセット?」
二十世紀の女優の名前だ。たぶん俺の癖っ毛が、彼女のわさわさの髪型に似ているのでついた仇名だ。名乗ると大抵みんな、ふっと笑う。
しかしルーシアは長いまつげを上下させただけで、特に笑うでもなく、ふざけるなと怒るでもなかった。
「やはり聞かないな。領内にも中央にも、フォーセット家というのはないようだ。」
「了解。ユーリィ、送ってって。」
フィーンに指図されてぶんむくれているユーリィに、誰かが声をかけた。
「着くまで拘束した方がいいんじゃねぇ? AMFを分捕ることが目的かもしれないぜ。」
声がした方を見てびっくりした。
「デルモンテ!お前こんなところにいたのか!無事だったのか!」
デニー・エルモンが立っていた。その肩をつかむ。
「心配した! 俺だけ飛ばされたのかと思ってたよ。そりゃそうだよな、あんだけ近くにいたんだから、俺だけってことはないよな。」
よかった。とにかくデニーは無事だった。それに、ここに俺一人って訳でもないのが心強い。ほっとする。しかし
「え?」
興奮してしゃべり続ける俺に、デニーは半歩下がった。
「あのさ。俺、初対面なんだけど。デルモンテって人じゃないぞ。」
「へ?」
再度びっくりする俺の手を、肩から外しながら、デニーそっくりなやつが言った。
「俺はクーガ。戦歴7年。ここには3年前からいる。あんたに会うのは初めてだし、デルモンテって人も知らない。そいつ、俺に似てんの?」
クーガが話しているのはここの言葉だった。
一瞬ホッとした反動で、腰砕けになりそう。涙も出そう。やばい。
「ほんとに?」
「ホント。」
「ああ・・そ・・か。あんまり似てるんで、勘違いした。」
どう見ても本人だが、確かによく見れば、顔に戦いで負ったのだろう傷跡がいくつかある。手の甲にもある。デニーにはない。
やっぱりここに飛ばされたのは俺一人なんだ。デニーはどうしただろう。無事を祈る。
ふと思い出す。そう言えば、奴が研究していたのは、なんか次元の裂け目がどうしたってやつだった。裂け目の中は、他の平行世界がいくつも存在していたって言ってたな。もしかして俺も、その中の一つに飛ばされたんだろうか。
パラレル・ワールド。
SFでしか聞かないそんな言葉が、頭の中で踊る。
タイムトリップもなかなか夢がある言葉だが、パラレル・ワールドもパンチがある。まあ、今この状況ではどっちでもいいが。
「じゃ、とりあえず拘束して。ユーリィ、後は頼んだ。」
フィーンはさっさと行ってしまう。美少女なのに、愛想はない。
「えー。やっぱり私が行くんだ。」
ユーリィは口をとがらせながら、俺の腕を手錠みたいなので括った。
そのまま外に出されて、飛行機の格納庫らしき場所に行く。そこにはここに来るときに乗せられた、エア・モービルが駐機していた。
前はあまり余裕がなくてよく見なかったが、台数が結構ある。ざっと三十台はあるだろうか。ジープみたいな無骨な感じで、フロントガラスは、屋根と一体化したキャノピー風。なのに横は窓がない。タイヤもない。代わりにプロペラが内蔵されているらしい四つの円盤が見える。座席は大抵一つ。
そういえば、張り紙なんかはアルファベットで書いてある。読んでも意味は分からないが、文字は同じだ。
「早く乗って。そこ腹ばいになって。」
来た時と同じように、座席の後ろに腹ばいになり、手錠ごと座席の足に括られる。
「何もしないって。」
「そうかもだけど、信用も出来ないから。」
その時、甲高いピーピーという音がヘッドホンから聞こえた。
「敵襲?」
ユーリィがシートに座って、その辺のパネルに手を当てる。
「了解。すぐ出る。」
え。すぐ出るってなんスか。