第10節 再会
急いでイーストロサンゼルスの俺のアパートから、例の翻訳機を取って来る。
研究所の駐車場で他の三人と合流して、再度実験室から次元の狭間に飛び込む。
この場所は、本当に気合を入れておかないと、自分がどこにいるのか分からなくなってしまう。
前後左右、どこを見ても映像が動いている。
一番手前で大きく見えるのが、自分が今いる世界の流れに違いなく、割と遠めに流れている画像は、まったく見覚えのない建物であったり、見たこともない服を着た人物だったりする。
そして自分の世界に意識を向けると、その瞬間、ここを中心にした長編ドラマが左右に一斉に広がる。
現在のパサデナからずっと先を見る。とはいっても、ほぼ研究室しか見えない。そこから急に研究室が瓦礫になる。瓦礫が吹っ飛ばされて溶けたようになる。沢山の石が飛んでくる。瓦礫の野原になる。鉄骨を回収する人が見える。そしてほぼ視界いっぱいに見えていた大岩は、時間の経過とともに雨に削られて、少しずつ小さくなっていく。
ああ、俺が背にしていた石って、やっぱり裏山の一部だったんだなぁ。
やがて画面の輝度が上がっている所に行きあたった。ここだ。
フィーンが用意してくれた水や寝袋なんかが、岩のそばに置いてあるのが見える。よし、こっそりあの辺に放っていこう。
腕を伸ばして、ヘッドセットを放り投げようとしたその時。
ぐいっと腕を引っ張られた。
うわっ。
たたらを踏んで、俺は向こうの世界に転がりこんだ。
「だからさ、急に腕だけ見えたらびっくりするじゃん。」
「はい、そーですね。」
何故かクーガに説教されている俺である。
「そりゃ引っ張るだろう。」
「まあ、そうかも。」
もう使わないと思っていた翻訳機のお世話に、またなっている。
「そんで?帰れるのか?」
「あ、それは大丈夫。向こうから引っ張ってくれれば。」
次元の狭間からこちらに入る時は、少なくとも辞書二冊分ぐらいの幅はあるように見えるのに、こちらからはページ1枚分しか厚みがない。ていうか、見えない。向こうからこじ開けてくれないと、開かないのだ。
「向こうはやっぱり大戦以前の世界なのか?」
「まあな。」
懐かしいな。半拍遅れの機械翻訳。聞けば、俺が基地を去って十日後あたりらしい。なるほど、水も寝袋もそんなに傷んでいない。
「行ってみたいなあ。何とかならないか?」
「超~面倒くさくなるからやめてくれ。」
とにかく今、WWⅢを止めるべく、努力中なんだ、と説明すると、クーガは不満そうに肩をすくめたが、それ以上は我が儘を言わなかった。
「基地はどうだ。新しい司令官は?」
「まあまあだな。まあ普通になった。前はおもしろかったのにさ。」
「ユーリィたちは?」
「街へ行ったよ。」
詳しい事は分からないらしい。
そのうちフィーンから連絡があるかもしれないし、ここを忘れて幸せになっても、それはそれでいい、とクーガは笑った。
「大戦、止められるのか?」
「約束はできない。でも出来る限りのことはする。」
「もし、大戦が起こらなかったら、今の俺たちはどうなるんだ?」
「それも分からない。」
「最悪、消えるかも?」
可能性はある。俺はクーガのはしばみ色の瞳を見つめた。これもデニーとは違う部分だ。
「もしそうだとしたら、どうしたい? 大戦を止めないほうがいいか?」
クーガは少し考えて、かぶりをふった。
「いや。どのみちこのままじゃ、お先真っ暗だからな。明日消えるのも、三十年後に消えるのも、そんなに大差ない。お前に任せる。ほら、迎えが呼んでるぜ。」
俺の後ろで、デルモンテの手がひらひらしている。
「びっくりするだろうよ!ヘッドホン置いてくるだけだったんじゃないのか?」
こっちはこっちでデルモンテに説教される。
「だから、すまんって。ヘッドセットは置いてきた。」
「当たり前だ!」
確認したら、アンカーは外れたらしい。
もちろん最初に配ったアイリィの手紙や、落ちていた車の部品なんかも、全部回収してある。回収しなくても、例えばゴミとして捨てられたり、雨で読めなくなったりなど、「物の意味」がなくなれば、アンカーとしての役目はなくなるらしい。
これでもう、あちらとは完全に切れたのだと思うと、少し寂しい。




