第8節 イオン加速器
おけらのデニーは、テキサスからカリフォルニアまでヒッチハイクして、四日がかりだったらしいが、十分な現金を持たされた俺は、タクシーと飛行機を乗り継いで、半日で研究所に辿り着いた。
もう日が暮れているが、夜目にもでかい。
元々イオンの研究用の施設だから、シンクロトロンも直径十マイル前後だ。
外を確認する。まだデニーの車は着いていない。よし。計算通り。
六か月前のデニーが早朝、親父さんの車をこっそり拝借して、ガソリンを満タンにするところまでは見届けた。
車だとどんなに飛ばしても、十五時間ぐらいかかる。休憩次第ではもっとだ。少なくともあと一時間ぐらいは余裕がある。
デニーは外からハッキングして、自分のIDカードを作成しておいたらしい。俺の場合同じやり方はできないが、そもそもこの研究所、ちょっと警備が甘かったらしい。コバンザメ方式で六か月前のデニーの後をついていけばいい。
気がせいていたので、後ろを全く気にしなかった、とデルモンテも言っていた。
やがてデニーの運転する車が駐車場に入って来た。予定より三十分早い。一番隅に停めて、車のキーは後部座席のフロアマットの下へ。せかせかと降りてきて、正面入り口へ向かう。
デニーがさくっとIDカードで入るのを追いかけて、ドアが閉まる直前に滑り込む。警備員は昼間こそ横の警備室にいるが、午後は定時で帰る。こんな何にもないド田舎では、取るものもないと思われているんだろう。
研究員もほぼ定時帰り。
万一見つかっても、白衣を着て堂々としていれば、さほど怪しまれない。
むしろ、六か月前のデニーに見つかるのがヤバい。「よう、ファラ。お前もこっちに来てたんだな」なんて話になったら、めちゃくちゃ面倒くさい。
デニーは、部屋の様子を確認しながら暗い廊下を進んでいく。シンクロトロンのど真ん中まで行かないといけないので、なかなかの距離だ。ここから五マイル。八キロだ。
研究員は地下トンネルでシンクロトロンをくぐり、研究室近くまで車で行ける。が、さすがに今はシャッターが下りているので、ここは歩くしかない。
物音をさせないように、靴下裸足でデルの後を追う。とんだピクニックだ。
途中、デルが走り出したので、追いかけるのも大変だった。これの片が付いたら、筋トレ再開しよう。絶対だ。
早歩きと小走りで約一時間半。研究室らしき所に辿り着く。
暗い中、デニーは非常灯の明かりだけで研究室の扉を開け、慣れた手つきで何かのスイッチを入れる。ランプの光でほんのり部屋の中が明るくなる。
次元の裂け目は常に口を開けていて、スイッチで起動するものでもないが、それがある実験室に行くのに、掌紋センサーを起動させる必要がある。たぶんそれだろう。
デニーの気配が、向こう側に消えるのを待って、そっと研究室の中に入る。
実験室のドアが閉まりかけているので、急いで手を挟み入れる。ドアがまたスっと開く。
五年前の世界に来るときも思ったけど、ほんとにこの次元の狭間というのは、説明するのが難しい。
口を開けたどこでもドアのような。小さめな鍾乳洞の入り口のような。見え方としてはそんな感じだ。そして、その周りの物は若干ゆがんで見える。横や後ろからは見えないので、ペラペラのポスターを、透明な壁に貼ったような状態だ。
ここに飛び込むのは本当に勇気がいる。俺も最初はビビった。
入ると、中は無数の画像であふれている。シアーズのテレビ売り場のようだが、何千何万という画面が、足元にまであって一斉に動いているので、眩暈を起こしそうになる。
六か月前のデニーが、ちゃんと五年後に消えるのを待ってから、俺も後を追って次元の狭間に入る。
図書館のようだ、と誰が言ったんだっけな。そんな生易しい物でもないけど、言いたいことは分かる。
この見渡す限り並んでいる画像は、言わば長編ドラマシリーズみたいなものだ。見方さえ分かれば、それなりに秩序立って並んでいる。この世界の物が一番手前にある。
中身は長回しの定点カメラの画像で、この世界の物はこのテキサスの実験場の地点から見えるものに限られている。過去を追いかけると、まず実験室の画像。白衣を着た人たち。そこから建築現場っぽくなって、やがて荒野になる。遡っている状態だ。
未来を追うと、かなり長い間、実験室の画面が続いている。
そして本当によくよく見ると、いくつかの画面は輝度が高くなっている。
これが、デルモンテの言う「アンカーが下りている状態」だ。本で言うと、しおりが挟まっている状態と言える。
今、六か月前のデニーが、五年後に飛んだせいで、間の五年間がグレースケールになっている。しおりの挟まったあっちのページとこっちのページがくっついて、開かなくなった状態。
そして俺はおそらくその近くにあるはずの、つい今朝別れたばかりであるはずのデニーの姿を探す。
ええと。あ、いた。なんか、真っ暗な中にたたずんでいるので、ちょっと怖い。
その画面に向かって手を伸ばす。
「おい、デルモンテ!」
ホラー映画の役者のように立っていたデニーは、振り向くと、冷えた手で俺の腕に掴まった。
「引っ張れ!」
「了解!」




