第7節 クリスマス・イブ
「ちょっと待て。」
クリスマスイブにアイリィと映画デートを楽しんでいた俺は、その夜、アイリィと食べるはずだったジンジャークッキーを手土産に、デニーのアパートを訪れていた。
イブに、男と二人きりか。まあ、いいけどな。どうせアイリィは両親と教会のミサに行くし、俺は敬虔なシントーイストだから、部屋の掃除でもしようと思っていたところだからな。
で、聞かされたその後の経過に、俺は絶句した。
「え、何だって?ラムリー氏が、例の技術を他へ伝えた?」
眩暈がしそうだ。
「じゃあ、あれの取り合いみたいになったのは、ラムリーのせいなのか。」
デルモンテは、一抱えもあるピザにチリソースをだらだらかけながら、うなずく。
「ただ、そもそもWWⅢは起こる未来だったらしい。ラムリーが最初に未来を見た時、もうすでにWWⅢは起こりかけていたって。だからすぐロシアの軍需技術の研究員と連絡を取って、次元の狭間の存在とその使い方を教えた。奴は、それでWWⅢは止められたと思っていた。」
もう言葉もない。
技術が拡散されたせいで、戦争はよりひどくなった。おそらく時間軸もめちゃくちゃになったことだろう。
俺がため息をついていると、恐ろしく長い二等辺三角形のピザをくるくる巻きながら、デニーが聞いた。
「もうあきらめるか? ラムリーの残したアンカーを取り除くには、五年より前のテキサスの研究所に行って、閉じた五年をもう一度ほどくしかない。その場合、絶対三人以上の人手がいるんだ。だけど、時間的に少なくとも俺たちが生きている間はWWⅢは起こらない。見なかったことにもできる。」
「そんなこと出来るか。俺に出来る事はする。」
「お前ならそう言うと思ったよ。」
デニーは満足そうだった。
「所長の了承は取り付けた。クリスマス休暇の間、研究所は閉める。警備もいない。仕事始めは来年の二日だ。その間に起こることは研究所は関知しない。」
まあ、消極的な協力と言える。
お前にも次元の狭間ってのを見せてやるよ、とデニーはウインクした。
「それで?他の人手はどうするんだ?研究所員は手を貸してくれないのか?」
「ターシャ嬢にお願いした。」
ええ。いつの間にそんなに仲良く。
「それから、アイリィ嬢にもお願いしようと思ってるんだけど、どうよ。クリスマス休暇の間、なんか予定ある?。」
クリスマスの翌日。早朝に俺はアイリィを呼び出した。
「ホント、ありがとう。君の休暇をつぶして申し訳ない。」
俺がそう言うと、アイリィは花のように笑った。
「大丈夫。一緒に居られて嬉しいと思ってるから。」
ああ、ほんとに可愛いなぁ。真っすぐな金髪。大きな緑色の瞳。ちょっと垂れ目ぎみなのもホントに可愛い。
ただ、研究所でターシャが待っていた時だけ、ちょっと唇が尖った。
「あの人は?」
「今回の作戦に協力してくれる人。ミズ・ターシャ・バーンズだ。」
「・・・綺麗な人よね。」
え?もしかして嫉妬してくれてる?めっちゃ嬉しい。
「デニーが狙ってるよ。上手くいくといいよな。」
そう言うと、アイリィはちょっと赤くなった。
「そうなんだ。うまくいくといいよね。」
あーめっちゃ可愛い。どうしよう。押し倒したい。
くそー。今年中にはもっと距離を縮めたかったのに。社会人と休学中の学生じゃ、距離が開く一方だ。
この前だって、待ち合わせに「同僚に送ってもらった」とか言って、男の車でやってきた。
絶対狙われている。無防備なのヤメテ。
ごほん、とデニーが咳払いをしたので、我に返る。
「何度も言うようだけど、とにかく、自分をしっかり持つこと。」
デニーは散々聞いた注意事項を繰り返した。
例えば紙に書かれた人物のように、多次元世界では三次元の人間はたちまち頼りなくなる。自分の姿を見失うのだ。しかしそれに惑わされないこと。そうでなければ今から行う作戦をこなせない。
まず、デニー自身がアンカーのため入れ子状態になっているこの五年間を元に戻す。
俺がカリフォルニアで五年前に飛び、テキサスに向かう。デニーは俺が飛び込んだ後、こっちの世界でテキサスに向かう。そして俺がテキサスの研究所の次元の狭間に入り、デニーを五年前に引っ張り込む。そして二人でカリフォルニアに戻り、ターシャに引っ張ってもらう。
俺が四百年後から戻ってくるときデニーに引っ張ってもらったように、向こうから何もなしに入ることは出来ないのだ。面倒くせぇ。が、仕方ない。
その後、ラムリーが残したアンカーを探す。どうしたらいいかは、今の段階では分からない。
途方もないな。クリスマス休暇の間に終わるかな。




