第20話 星空
クーガのAMFを見送ると、もう夕方だった。
気候は悪くない。そういえば何月かとか気にしてなかったな。向こうでは七月の頭だった。雨はほぼ心配ない。
することも特にないので、昨日挟んでおいたアイリィからの手紙をもう一度確認する。
まあ昨日の今日だからな。特に変化はなし。
他には見渡す限り、土。灌木。所々に大小の岩。
今俺が背にしている岩も、俺より大きな岩が四つほど重なるような形をしている。どこからか転がってきたんだろうか。そうだな。例えばパサデナ近くなら、サンアントニオ山とか。
考えてぞっとする。見たところ、そんな山は見当たらない。若干の丘が北の方に見えるだけだ。
やっぱりなにかあったんだろう。
夜に備えて、その辺の灌木から枝をむしってくる。
コヨーテに襲われるのはあんまり歓迎できない。いくらか火を焚いておこう。
そんな感じで一日目は過ぎた。
夜はめちゃめちゃ綺麗な星空だった。
二日目。携帯食料を食ったら、もう暇だった。もしアイリィが来なければクーガが来るまでこれがあと十日か、と思うと、すでにうんざりする。
今頃、新しい司令官が基地に到着している頃だろうか。フィーンやユーリィは、街とやらに戻っただろうか。
昨日、岩から見える範囲の乾いた枝は取りつくしたので、少し離れたところまで枝を取りに行く。
コヨーテが出るかと思ったが、こんな何もないところではコヨーテも餌がないのか、遠吠えさえ聞かない。それでもちょっと火があると、安心感が違う。
明日はもう少し遠くまで枝を取りに行かないとな。
その日の夜も、めちゃめちゃ綺麗な星空だった。そもそも空気が乾燥しているので、このあたりは星が良く見える。小さい頃は天文台にもよく行った。
星座はあんまり覚えていない。まあ、今の季節ならアンタレスぐらいしか分からない。
そんなことを考えながら、小さい焚火に枝を足していると、ふと目を上げたところに、腕がひらひらしているのが見えた。
腕。だけ。
ごめんなさい、俺、幽霊もUFOも信じてなかったけど、ちょっと宗旨替えするかもしれない。
ものすごくはっきりした、二の腕。手招きしているようにも見える。怖い怖い怖い。
恐怖で動けないでいると、急に
「バカ!何腰抜かしてるんだ! 早く来い!ファラ!」
二の腕から声がした。
え。
急いで四つ這いで近づくと、腕には持ち主があった。クーガの顔が付いている。
「あれ?迎え、今日だっけ。」
どう表現していいか分からない。ドアの隙間みたいな場所にクーガが立っている。しかしちょっと見る方向を変えただけで、見えるのは腕だけになる。
「早く!俺の手をつかめ!」
ええ。なんだ。仕方ない、掴めというなら掴もう。
掴んだ瞬間、ぐいっと引っ張られた。たたらを踏んで倒れ込む。
「あーヤバかった。見つかると思わなかったぜ。」
四つ這いのまま顔を見上げると、クーガ、じゃなかった。顔の傷も腕の傷もない。
「デニー?」
「無事でよかった。こっちだ。」
もう一回ぐいぐいと引っ張られる。
見回すと、あの岩だらけの荒野じゃなかった。ベージュのタイルの床。スチールの机にパソコンが並ぶ。あとは良く分からない計器、ボタン類。後ろには実験室っぽい部屋。
「ここどこ。」
「アルタデナ・ドライブの研究所。不法侵入状態だから、ばれる前にずらかる。」
コンソールに並ぶボタン類を端からすごい勢いでOFFにしていきながら、デルモンテはそう言った。いろんなモーター音や排気音が止まっていく。
ひぃぃ。どうなってんだ。俺、戻ってきたのか。
「そこ、台車があるだろう。その箱の中に入れ。」
リンゴ・バーモントと書かれた木箱が台車の上に乗っている。
「え、ここ?」
「早く!」
もう言われるがままに、その箱の中に入る。きつい。上から蓋をされた。が、木箱の隙間からちょっと周りが見える。照明まで全部消したデルモンテは、台車をぐいぐい押し始めた。
「やあ、いつもながら遅いな。」
警備の人間だろうか。声がする。
「ああ。もう閉めた。後はよろしく。リンゴいる?」
「またか。さっきたくさん貰ったからいいよ。ありがとな。」
台車のまま建物を出て、そのまま駐車場に向かう。
「いいか、先にトランクルームを開けるから、ふたを開けたら、そのままサッとそっちに移動してくれ。」
デニーの声がした。
いやもう、何が何だか分からない。




