第19話 蝶々
「ムリムリ。絶対干乾しになるって。」
俺がここを出ると聞いたユーリィは、情け容赦なかった。
「それかコヨーテの餌よ、エサ。あたしたちと一緒に街へ行った方がいいって。」
コヨーテか。それは嫌だな。
「まあまあ、いいじゃん。行かせてやれよ。カノジョからの手紙だったんだろ。そりゃ期待するだろ。」
クーガが送ってくれるというので、寝袋と水と携帯食料をAMFに積み込んでいる。それから帰りのバッテリーと。距離がAMFで往復できるギリギリの所なので、荷物を積むと途中でバッテリー切れになるらしい。
「何よ、カノジョって。誰かのいたずらって事もあるでしょ。」
ユーリィは、俺が作業している横で言いたい放題だ。
まあ、彼女の言い分も分かる。だけど俺は、こっちに来てからファラとしか名乗っていないし、アイリィって彼女がいることも話してない。いたずらとは考えられない。
「半月ぐらいしたら、干乾しになったかどうか見に行ってやるよ。」
クーガが笑った。
「干乾しになってたらダメじゃん。」
ユーリィはまだグチグチ文句を言っている。
「いい加減にしな。ユリフェル。お前も街へ戻ったらちゃんと学校行けよ。」
「字は書けるし。計算もできるし。他に何を勉強するのよ。」
「理科とかさ、歴史とか。」
「クーガはやったの?」
「やったさ。」
「役に立った?」
クーガはちょっとだけ言葉に詰まった。
「・・・鋭いところついてくるなぁ。まあ、何かの役に立つとかじゃねぇんだ。今あるものをより良くするために、今までに分かっていることを知っておくんだよ。」
「で、より良くなった?」
「だからさ、そーいうことを聞くなって。」
荷物が動かないように固定する。十日分の食料と水。これ以上はAMFに乗らないから無理とのことだった。
ホントにきつい。
もともと単座のAMFは座席の後ろに人一人が中腰で立つか、せいぜい膝を抱えて座るぐらいのスペースしかない。操縦席の足元にまでAMFの予備バッテリーを積んだら、申し訳ないぐらいのぎゅうぎゅう詰めだった。
「じゃあ行くぞ。」
クーガは操縦しづらそうだった。フィーンが見送りに来たので、ちょっと待ってもらう。
「世話になった。」
フィーンに握手の手を差し出すと、フィーンは目を丸くして俺の右手を見た。
「何?」
「握手。ってこっちじゃしないのか? 挨拶みたいなもんだけど。」
「あ~。」
フィーンはグーで俺の手にちょいと触った。その手をそのまま自分の胸に当てる。
「幸運を祈る。」
横でまだユーリィはぶーたれていた。
「絶対干乾しだよ。」
「すまんな、もし俺が干乾しになってたら、いつか骨ぐらいは埋めてやってくれ。」
ごめん。たぶん男が十人いたら、八人ぐらいまではユーリィみたいな、かわいくて明るくてボンキュッボンで元気にしゃべる女の子が大好きだろう。彼氏になってと言われたら、二つ返事だろうと思う。俺だって、ちょっとは心が揺らぐ。
ホントにごめん。俺の好みのタイプじゃないんだ。
あと、年下すぎる。
たぶんこのままこっちに居続けたとしても、ユーリィの彼氏にはなれない。
AMFの座席の後ろ、寝袋の上にぎゅっと身を押し込む。フィーンたちの後ろの方、倉庫の辺りで何人かのおっさんたちが手を止めてこちらを見送っている。さらにその後ろの方でルーシアが壁にもたれてこっちを見送っていた。
「うへー。重い。」
いつもほぼ無音のAMFから、甲高いモーター音が聞こえる。それでもなんとかAMFは発進した。
座席の後ろで小さくなっているから、周りは見えない。キャノピーから空が見えるだけだ。
「なあ、ファラ。」
発進してしばらくして、クーガは言った。
「あんなところにどうやって迎えに来るんだ?」
「さあ。俺にも分かんね。まあ何とかなるだろう。」
「ふーん。」
しばらく沈黙が続く。
「で、結局お前は四百年前から来たのか?それともあの辺にでかいシェルターがあって、地下に隠れ住んでるのか?」
「うーん。俺もこことの関係は良く分からない。でも、俺がいた場所では、第三次世界大戦は起こっていないし、このあたりに海峡はないし、もっとずっと森や畑が多かった。」
あの岩場までだいたい1時間弱かかる。重いので前より速度が出ない。その間、俺はだらだらと俺の住んでいた世界の話をした。
俺の親父が病院の勤務医をしていること。勧められて、俺も医者を目指していること。
移動手段は自動車で、道路は世界中に広がっていること。空は飛ばないこと。空を飛ぶのは飛行機とかヘリコプターで、このAMFみたいな形状の乗り物はまだ一般的ではない事。車も飛行機も、動力源は石油を燃料とする内燃機関である事。
このあたりは州知事が治めていること。アメリカには大統領がいて、国全体を代表していること。何代か前に無能な大統領がいて、もう少しで第三次世界大戦になりそうだったが、その時はなんとか乗り切ったこと。
小さい紛争なら、ほぼ途切れなくあちこちで起こっていること。しかし大半の人は、日々滞りなく生活できていること。
「ここよりもマシか?」
クーガに聞かれた。
「さあな。でも人類の絶滅を心配したことはないな。」
「そうか。」
AMFの速度が落ちた。そろそろ近づいてきたんだろう。
「なあ、ファラ。もしも、もしもだ。お前が四百年前から時間を飛び越えて来たんで、もしそこに帰れるんだとしたら。」
「おう。」
「頼みがある。もう少し俺たちが、未来に希望が持てる世界に何とか変えて欲しい。」
ふぉああぉう。デカい話だな。え?
返事が出来ない。個人で何とかなる事なのか?
「ほら、えーと、何だっけ。蝶々がどうしたとか。」
バタフライ・エフェクトな。風が吹けば桶屋が儲かる的な。なるほど、それぐらいなら。
「分かった。どこまでやれるか分からないが、せいぜい羽ばたいてみる。出来る事はやる。ただし、もし変わらなくても恨むなよ。」
「そんなことしねぇよ。まず帰れるか分かんねぇし。言ってみただけだ。」
でも本音だろうな。
AMFが止まった。
長時間しゃがむ体勢で、足が固まって動けないでいると、クーガが引っ張り出してくれた。足の痛さに呻いているうちに、さっさと荷物を下ろす。
「とりあえず、十日後とか半月後ぐらいに、なんとか隙を見て来るから、それまで生き延びろよ。なんなら、真っすぐ南に歩けば二日で基地に着く。」
「ありがとう。お前もな。簡単に死ぬんじゃないぞ。」
俺は割と真面目に言ったのに、クーガは笑った。
「少なくとも、お前の迎えに来るまでぐらいは生きてるよ。じゃあな。」




