第18話 決心
朝、ほんのり背中が暖かくて目が覚めた。人の気配がする。ぎょっとする。
うわ、まさか本当に傭兵のおっさんが?と思って恐る恐る見ると、真っ赤な髪。ユーリィだった。グーグー寝てる。
おい。
いくら高校生は対象外とはいえ、俺だって健康な男子だ。しかも朝。かわいいクマ柄のパジャマの柔らかい足なんか押し付けられたら、俺の元気なムスコが暴発しそうだ。
そういう事考えないのかな。考えないんだろうな。
急いで、ユーリィを起こさないようにベッドから降りて、トイレへ向かう。
用を足したら収まってきたのでよかった。俺って紳士だな。
ホントに、襲うぞ。
トイレから戻ってきても、まだぐーぐー寝ているユーリィの顔を見ながら、あきれる。
信用されているのか、男と思われていないのか。
いつものように顔を洗って、髭を剃って、体をタオルで拭く。シャワー室はあるんだろうけど、どこか知らないし、もうすっかりこの習慣で馴染んだ。
服だけが困る。今までに二回、トイレの手洗い場で洗ったが、乾くまで素っ裸で医務室のシーツにくるまっていなくてはならない。空気が乾燥しているから、部屋の中でも三時間ぐらいで乾くが。
町なら、そういう事も解消されるだろうか。
バタバタしていたら、さすがにユーリィも起きた。
ぎゃっと言われた。それは俺のセリフだ。
「な、なんかした?」
「なんもしない。てか、なんでここで寝てるんだ?自分の部屋へ戻っただろう。」
ユーリィは、寝起きの目を天井に向けて、それから段々と思い出して来たらしい、「あー」とつぶやいた。
「だからさ、あんたとルーシアが恋人かって聞き忘れたから、聞きに戻ったんだった。だけどもう寝てて起きないからー。」
部屋に戻るのも面倒になって、ここで寝た、と。
「他のベッドも空いてただろう。なんでわざわざ俺んとこくるんだよ。」
「なんかちょっと・・寒そうだったから?」
電気毛布がわりか。
「あのさー。なんでわざわざ女子フロアがあるか、考えろよ。無防備にもほどがある。あと、俺はべつにルーシアの恋人でも何でもない。身寄りがないんで、可哀そうだとでも思ったんだろう。そもそも何で俺がルーシアの恋人かどうかをお前が気にするんだ?」
「えーだって。フィーンはクーガと恋人でしょ?私だって彼氏欲しいし。」
なんだそりゃ。若い男だったら誰でもいいのかよ。ルーシアに先を越されそうで焦ったとか?
女子高生の考えることは分からない。
「街へ行ったら俺ぐらいの男なんか、いくらでもいるさ。今焦ることもないだろう。」
「えーそうかな。」
大体、「何かしたら殺す」と昨日脅したところだろう。それを急転直下恋人に、なんてありえねぇ。いや本当、ありえないっすよ、お嬢さん。
「だけどさー、私があんたのこと助けたんでしょ。私が気付かなかったら、今頃あんた死んでるよ?」
まあ、そうかも。
「だから、あんたは私の物って言ってもいいと思う。」
え、そうなのか?
そりゃ確かに、助けてもらったし、ユーリィのおかげで生きてると言ってもいい。
しかし、しかしだ。ユーリィの物って言われてもなぁ。
「でも別に俺の事、好きって訳でもないだろ?」
一応確認する。
ユーリィは眉根にしわを寄せた。
「わかんない。好きなのかな?」
結局、圧倒的に選択肢がないのだ。
おっさんたちからは、娘のように大事に扱われているが、それはおっさんたちからもユーリィからも、お互い恋愛の対象外だということなのだ。
多分、前の司令官であるフィーンの親父さんから、大分きつーくお達しがあったんだろう。
しかしだからって、俺を恋人にとか、短絡すぎる。
「とにかく、他の奴に見つかる前に、部屋へ戻れ。そんなカッコでうろうろするな。」
俺の指摘に、ユーリィはぶすっとむくれて、すたすた医務室を出て行こうとする。あわてて追いかけて、とりあえずエレベーターまで送った。
珍しく朝食をフィーンが持ってきた。
さっきの事で何か怒られるのか、と思っていると
「明日、新しい司令官が来る。乗ってきた輸送機に乗って、街へ行く。」
と告げた。ちょっと機嫌が悪そう。
「あのー。ユーリィが言ってたんだけど、ルーシアが俺の面倒見るとか何とか。」
「身元引受人の名前を貸してくれただけだ。」
「俺、ここに残るのは駄目かな。」
フィーンは、目をしばたたかせた。
「遅い。明日迎えが来るのに、今から傭兵登録は間に合わない。なぜ残りたい?」
あれ?ユーリィから話は行ってないのか。俺は昨日の手紙の事を説明した。できればあの岩場周辺で迎えを待っていたいことも。
フィーンはますます難しい顔をした。
「ここは軍事施設で、正直そこまで一個人に手を貸せない。寝袋と食料少しならやれるから、それで待つというなら止めない。」
だよな。俺もそんな気がしていたよ。
どっちに賭ける? もう帰るのをあきらめて、ここで生きていくのか。迎えを信じてあの岩場で待つのか。
もしあのアイリィからの手紙がなければ、帰るのを諦めていただろう。だけど帰る手段があるなら、そりゃ帰りたいに決まってる。
「分かった。寝袋と水をくれ。明日の朝、新しい司令官が来る前にここを出る。」




