第17話 恋人
アイリィからの手紙は、本当に大きな希望になった。
でも、元の世界に帰れたかもしれない機会を逃したことは、落ち込むには十分な理由だった。
修理中だった端末を放り出して、一番奥の養生ベッドでふて寝を決め込んでいると、クーガが夕食を持ってきてくれた。
「具合悪いのか? ユーリィから話は聞いた。」
「うう。ありがと。メシそこ置いといてくれ。」
「何言ってんだ。洗い物あるから、さっさと食ってくれ。今食えないなら下げる。」
くそー。オニだな。
渋々起きて、椅子に座って、クーガから食事のトレーを受け取った。
「新しい司令官が来るんだろ。お前はここに残るのか?」
スープを飲みながら、クーガに聞いた。
「ああ? そうだなぁ。その司令官との相性次第だな。相性よさそうなら残る。」
「フィーンと別れて?」
「んんん。別れるってかさ。あいつはさ、ちゃんと街で学校行った方がいいって。まだ十六なんだからな。」
うおー、十六。十六でした。すげぇな。
「でも俺はさ、それを卒業までただ待ってるなんて、できそうにないわけ。同じ待つなら、ここで待ちたいね。」
ふーん。
「お前、歳はいくつだ?」
「俺か?二十五。」
まさかの俺より年上。そうか、戦歴七年とか言ってたもんな。なんとなく同い年のデルモンテといっしょになってた。
「フィーンから見たら、おっさんじゃん。」
俺が突っ込むと、クーガは肩をすくめた。
「俺もそう思う。でもここじゃ、俺だって下から二番目とかそんな感じなんだ。」
「一番下は誰だ?」
「お前だろ。」
えっ。そうなのか。
「だからフィーンの感覚がおかしいんだって。周りにおっさんしかいないからな。」
普通に学校に行って、同じ年頃の彼氏を見つけたほうが良い。
クーガのいう事は真っ当だった。
「でも恋人なんだろ。」
「手は出してない。チューどまりだって。さすがに九歳も下じゃな。」
他に全然選択肢のない状態で好きになられても、どこまで本気なのか分からない。
「まあ、待てといわれりゃ待つさ。浮気なんかする余地もない。ここじゃ女っ気全然ないからな。おかま掘られて一人前とかそんな世界だから。」
「わー!!やめろ、怖いだろ!」
嫌がる俺に、クーガはひっひっひと笑った。
「お前も狙われてるぜ~~。若いし!いい体してるし!男前!明後日には町に行ってしまうし、後腐れなし!最高の物件じゃないか。今晩あたり、お誘いがあるんじゃないか~?」
散々からかった後、クーガは俺が食べ終わったトレーを提げて、医務室を出て行った。
ひでぇ。
男に襲われる可能性を示唆されて、その夜はまともに眠れなかった。
ここは軍事基地でもあり、前線でもある。常に人が動いている気配がある。医務室だから、誰が入ってきてもおかしくない。
一番奥のベッドで、ぎゅっと縮こまって寝ていると、ドアが開く音がして人が入ってきた。
バンソーコーでも探して出て行くかと思いきや、すーっと近づいてくる気配がする。
「おわっ」
びっくりして、ベッドの上に座りなおす。
「あ、ファラ。起きてた?起こした?」」
ユーリィだった。
「なんだ、びっくりさせんなよ。用事か?傷の手当か?」
彼女の太ももには、まだ例の止血テープが貼ってあるはずだ。
「違うって。あのさー。明後日。町へ行くでしょ。あんたも一緒でしょ。ルーシアがあんたの面倒見るとか言ってたけど、なんで? こっ恋人になったの?」
はい?
「なんでだよ。街へ行くとは聞いたけど、ルーシアが?俺の面倒を見る? そんな話は初耳だって。それになんというか、俺、ここに残るかもしれないし。」
「え!なんで?」
今日の手紙の件がある。
何がどうなっているか分からないが、あそこが元の世界への門になっている可能性が高い。なんならあの岩の辺りでキャンプしていたい気分だ。
そう説明すると、ユーリィは小首をかしげた。
「基地に残るのは無理だと思うよ。そりゃ今はさー、フィーンが仮の司令官みたいな感じで、結構ゆるいからさ。あんた一人ぐらい紛れてても平気だし、あそこまでAMF飛ばしても問題にならないけどさ、本当だったら物資の配分とかすごく厳密だよ。この前の前の戦闘で、あんたが勝手にAMF使ったことだって、大問題だよ。まあ、電源入る状態になってたのも良くなかったけどね。次の司令官きたら、捕虜か保護した一般人て体で街へ送り返すしかないと思う。それか急いで傭兵登録するか。」
ええー。そうなのか。困った。
ユリフェルは、唇を尖らせた。
「元の所に帰りたいんだ?」
「まあ、一応親も心配してるかもだし。俺まだ学生だし。」
「へー。結構いい身分なんだね。」
そんなこと言われる筋合いは、と思いかけて、ああ、そう言えばユーリィはどこかの町でかっぱらいをやってたって聞いたな。それもずいぶん小さい頃に。
「お前はさ、街へ行って頼れるあてはあるのか?」
「フィーンがいるから。ボスのおかげでお金も貯まったし、部屋借りて職探しする。」
そうなんだ。少し安心する。
「まあとにかくさ、俺の事は心配するな。お前が連れてきてくれたおかげで、飯も食えているし、ベッドで眠れている。後の事は何とかなる。お前もさっさと寝ろ。」
話しているうちに俺も落ち着いた。あくびが出た。
ユーリィを見送って、もう一度ベッドにもぐりこんだ。
ここを出て行かなくてはいけない。次どうやってあの岩場に行くか考えないと。




