第16話 手紙
俺、戻れないのかな。ここで生きていくしかないのか。
しかも捕虜ときた。
町へ行ってもあんまりいい扱いを受けなさそうだ。
といって、ここも結構ヤバい。完全に戦争に巻き込まれている。
改めて絶望感とともにそんなことを考えて、茫としていると、ルーシアと入れ違うようにユーリィが顔を出した。
「あのさー。やっぱり街へ行くことになるみたい。それでちょっと、一応なんというか、今さらなんだけど」
珍しくもじもじと言い淀むユーリィに、なんだよ、と先を促す。
「この前さー、ここで戦闘あったじゃん。三日ぐらい前?その時に、ちらっとレーダーに反応あったんだけど、前にあんたがいたパサデナ基地の跡地辺りにさー。なんかあるっぽいんだよね。」
「は?」
びっくりして立ち上がった。思わず足元の工具を蹴っ飛ばした。
「なんかって、何?」
「戦闘中だったからさー。無視しちゃったんだけど。後から考えたら、あんたを拾った時も、あんな反応があったんだよねー。」
「え?あれから・・三日だぞ?人だったらどうするんだ。」
「まーねぇ。そうなんだよねー。どうする?見に行く?」
「行く。すぐ行く。」
フィーンに許可を取って、ユーリィのAMFに乗せてもらう。
今度は繋がれなかった。少しは信用されたんだろう。
「ただし!何かしたら殺すからね。」
脅し付きで。
空から見ると、本当になにもない荒野だな。位置的にはオレンジ郡の辺りなんだろうと思う。西の方にうっすら海っぽいものも見える。
北に向かってかっとばす。後ろの壁にガッと押し付けられる。いやもう、単座なんだからもう少しお手柔らかにやってほしい。
そう言えば、俺の母方の従兄弟が、「desertなのに砂がない」と言っていた。訳が分からないので詳しく聞いたら、desertはサハラ砂漠のイメージだったそうだ。いやいや、あんな砂の海だったら、desertのど真ん中に立っているラスベガスは、あっという間に砂に埋もれてしまうだろうよ。
まあ、日々砂をかぶっている点では一緒か。
従兄弟を連れてラスベガスに遊びに行ったんだった。
ショーは面白かったが、スロットで三百ドル負けたことを思い出した。連れてった従兄弟は、プラマイ三ドルだった。
つい去年の事だ。
感慨にふけっていると、AMFは高度を落とし始めた。
「この辺なんだけど。」
「あ、もうちょっと北東。」
速度も落として、よくよく見る。見覚えのある岩場があった。降ろしてもらう。
しかしやっぱり何もなかった。反応は三日前だしな。
人の気配もない。ユーリィの話では、熱源反応はないらしい。人だとしても、もう死んでいるということだ。
岩場をもう一度ぐるぐる回って確かめる。やっぱり何もない。
が、岩の隙間に、何かねじ込んであるのを見つけた。なんだ。前に来た時はなかったぞ。
急いで、その辺に落ちていた枝で穿り出す。紙だ。急いで広げて読む。
「凛という人を探しています。三日後の正午から二時間、ここで待っています。アイリィ・ホーン」
アイリィ。
俺は腰が砕けたみたいに座り込んだ。
「どしたの。」
ユーリィが辺りを見ながらやってきたが、色々なことが一気に押し寄せてきて、言葉にならない。
手紙を見せる。
「読めないわ。」
ユーリィは一蹴した。あ、そうだった。
「つまり、ええと、つまり俺の知り合いが、俺を探してるって手紙。三日後の正午に・・・て、え?」
レーダーに反応あったの、三日前だった。て、ことは今日。もうとっくに夕方だ。
あああああ。
帰れると思った期待感が突然絶望に変わる。
ダメだ、立ち直れない。
「え、何。迎えが今日だったの。わーお。それは・・残念。」
てへっと笑う。
「でもさ、なんか知らないけど、自分ちに帰れる道があったってことじゃん?」
ユーリィは何もない荒れ地を見渡した。そしてペシペシと大岩を叩いた。
「この辺爆破したら、穴が開くとか。地下都市とか?」
同じことをクーガも言ってたな。ちょっと笑う。
「いや、地下じゃないし。爆破はやめてくれ。」
うん、そうだな。
帰る道は確かにあるらしい。しかもアイリィが俺の事を探してくれているんだ。
元気出た。
俺も何か手紙を、と思ったが、書くものも何もなかった。砂岩を見つけて、アイリィの手紙の裏に書く。
「生きてる。リン。」
久しぶりに自分の名前を書いた。まあファラも女っぽい仇名だけどリンもなかなか女っぽい。
弓野凛が、俺の本名だ。フルネームはリン・ユミノ・クルス。
同級生に、リン・イーチュンという中華系の奴がいたので、混同しないように、友達は大抵俺の事をファラと呼ぶ。
手紙を丸めて、元の所に押し込む。さっき拾った枝を、目印に地面に突き刺した。
何とかアイリィが読んでくれることを願う。




