第14話 発進
「おい、医者!こいつを診てくれ。頼んだぞ。」
担架で運ばれてきた血まみれのおっさんを、数人がかりでベッドに移し替える。シートに血が溜まっている。
他の者はまだ戦っている最中なんだろう、バタバタと出て行く。
右腕の傷を見る。うひー。ざっくり削られている。肉片が皮膚にぶら下がっている。くそ。治るのか、これ。
とりあえず上腕に止血帯を巻く。ガーゼをぶちまけて、血を吸わせたら、太めの血管を急いで縫い合わせる。
いや俺、まだ医学生なんですけど。ほぼ座学しかやったことないんですけど。
どうしてこんなバリバリの手術を。指導医もなく、うろ覚えの知識で。やばい。
細い血管は無理なので、あきらめて肉片をはさみつつ、ぎゅーっと皮膚を寄せて、止血テープを貼った。止血帯をはずす。なんとかなったか?
もう一か所、今度は太ももだ。
ユーリィもそうだったな。太もも怪我しやすいのか? AMFの作りに問題があるんじゃないか?
こっちは止血テープだけでOK。よかった。
「AMFは動きそうか?」
おっさんに聞かれた。窓からのぞく。
数人が、動きをチェックしているようだ。ふわっと浮いて、駐機場に移動しようとしているのが見えた。
「ああ、動いている。」
「そうか、じゃあ行ってくる。」
え、おいおい。ベッドから降りるおっさんを押しとどめる。
「傷が開くだろ。」
「そんなこと言っている場合じゃない。ここがやられたら終わりだ。」
いや、あんた貧血だろうよ。真っ白い顔色でよろよろ出撃とかありえない。
それにしても、そんな切羽詰まった状況?
「地下シェルターに行ってろ。鎖?なんだそんなの。ベッドの方を動かしゃ、はずれるだろ。」
ビスで留まっている風だったベッドの足は、持ち上げたらスカスカだった。ぜんぜんネジが効いてなかった。嘘だろ。こんなんでいいのか。クーガの仕業か。
爆音が響く。
「お嬢さん、中央に至急救援を頼んでくれ。持たないかもしれない。万が一のことがあるといけねぇから。」
おっさんに言われて、ルーシアは青ざめた。
「分かった。」
慌てて医務室を出て行く。
「負けてるのか?」
「負けてねぇ。この基地まで飛んでこられてるってだけだ。」
おっさんは、片足をひきずりながら出て行こうとする。
いやいや、ここまで来るのを許した時点で、結構負けてるだろ。
足の方ははずれないので、ベッドの方から外した鎖を手に持って、とりあえずおっさんを押しとどめる。
「何か俺に出来ることは?」
「素人が出て来るんじゃねぇ。けが人の手当てでもしていろ。」
だからあんたが怪我人ですって。
「操縦者が足りてないんスか?」
「なんだ、そう言ったら操縦者が沸いて出て来るのか?」
憎まれ口のおっさんを、ぐいぐい引っ張ってベッドに放ったら、あっけなく気絶した。
だから貧血だって。
仕方ねぇ。俺にできる事はする。
駐機場に移動したおっさんのマシンは、整備の兄さんが張りついていた。
が、他にまだマシンが残っていた。
前にクーガが操縦していたのを思い出す。自動車の運転に似ていた。結構簡単そうだった。いける。
乗り込んで、始動ボタンを押す。おお、動くね。エネルギーもちょっとあるっぽい。クーガのやり方を思い出して、発進する。
イケる。俺って優秀~。
ゆっくり浮いて、高度を上げる。武器の使い方は知らない。どんな武器があるのかも知らない。そもそもどうやって戦うのかも知らない。でもなんとかなるっしょ。
たぶんバルカン砲とか搭載されていると思う。この前クーガが言ってたし。
またしても爆音。
くそっ、敵はどこだ。
「ファラ!あんた何やってんの!」
びっくりした。翻訳機だと思っていたヘッドセットから、そばにいないはずのフィーンの怒鳴り声がした。これ、インカムにもなるのか。
「えーと、応援に・・・」
「味方を撃たないでよ!八時の方向!緑の機体!左の赤いボタン!撃って!」
ひぃぃ。八時ってどっち!緑って何色!あれか?
味方の青白のAMFを追いかけている緑の機体がある。それに向けて撃つ。難しい。当たらない。
しかし何発目かで少しはかすったらしい。緑の機体は急にバランスを崩した。空を飛ぶ物って何でもバランス大事。破片を吸い込んでも駄目だ。
ふらつき始めたら、基地の建物に向かうのだけ用心して深追いはしない。もう絶対に落ちることが確定しているからだ。
戦闘機としては弱い。スピードも身軽で素早いが、直進の速度はそんなにだ。まあ、モーターで動いているから仕方ないんだろうけど。
ただおそらく、爆弾の威力は前と同じだ。離着陸場のところにデカい穴が開いている。
まだ数機のAMFが空中で鬼ごっこをしている。時々パパっと煙が立つ。撃ち合いをしていると思われる。こわっ。静かだけど戦場なんだ。数秒遅れて射撃音が聞こえる。
緑のAMFが遠くで爆発した。
えっ。そんな風には見えなかったが。と思って見ていると、敵のAMFがそのそばに降りて、パイロットを回収していったようだった。
わざと爆発させた。たぶん、機体の情報を取られないように。
もしかして、今、この未来のアメリカが、一番世界で遅れてるんじゃねぇか?
そんな不安が過った。




