第13話 不毛
だけど一台目のようなラッキーは、なかなか起こらなかった。
電力の消費を抑えるため、夕食後は早めに消灯されてしまうし、手元灯では限界がある。
翌朝夜明け頃に起きて取り掛かったが、やはりただ本体とモニターの組み合わせを変えるだけでは動かない。
うなっていると、またルーシアが来た。暇か。
「たぶん、国境の自動防衛システムは、破壊されていると思う。」
ルーシアは朝食のトレーを渡してくれながら、あっさりと怖い事を言った。
「え、修理は?」
「どうかな。そもそもこの運河は、メヒーガが自国の物流のために掘ったものだから、エイムリーサにとっての重要性は低いんだ。ま、意地で守ってるってとこかな。」
それに、先日ここの司令官が戦死して、まだ後任が決まっていない。
修理がどうなるかは分からない。
「君も町に戻るんだろ。」
「新しい司令官てのが来たら、入れ替わりでね。ここはフィーンやユリフェルがいて、がっちり女子フロアがあったから安心だったけど、上が入れ替わったらどうなるか分かんないし。」
へー。女子フロア。なるほど。
「でも町へ行ったって、面白い事なんか何もない。クーガが渋ってるだろ。フィーンと一緒に町に戻ったって、しょぼい農場か、しょぼい牧場で働くしかないんだ。」
「でも命の危険はないし、ここよりは安全だろ。」
ルーシアは大きなため息をついた。
「ここは最前線だから、みんな生きるのに一所懸命だろ。生き生きしてる。だけど町はそうじゃない。仕事もないし、なにか新しい事をする気力もない。引きこもりとホームレスばっかりだよ。農場もさ、どんなに手をかけたって、虫が大発生して食われちゃうし、牛を育てりゃ、コヨーテとかネズミに食われちゃうし。少なくともエイムリーサはもう、何の希望もない国なんだよ。」
なんかひどくないか?
バターロールにブルーベリーのジャムを塗って、口に放り込む。
「対策しろよ。」
「してるよ。当たり前でしょ。でも農薬とか肥料とかの研究を進めても、ある程度形になりそうになると、急に研究者がいなくなる。大抵、他国へ移住していく。理由が何なのか、何が問題なのか、だれにも分からない。」
「誰かそれを引き継いでやろうってのはいないのか?」
「引き継いだ人がそれを実用化しようとすると、姿を消す。その繰り返しだ。酷いときは研究資料が全て持ち去られているか、破棄されている。また一からだ。」
なんだそれ。
謎だ。
朝食を食べ終わると、俺は端末の修理にとりかかった。
「一度、その研究所って言うのを見てみたいな。」
「いいけど、何にも残ってないよ。」
なるほど?
だらだらしゃべっていると、ここへきて何度目かのサイレンが鳴った。
「敵襲?」
「たぶんね。」
「ここにいたら危ないんじゃないか?」
「敵襲があったら、地下シェルターに行くように言われている。でもこの部屋までやられたら、地下シェルターなんて意味ないし。いいよ、行かなくて。」
いいとこのお嬢さんだろうに。やっぱり厭世的だ。
いくつかのパターンを試して、何度目か。やっと上下組み立てなおした端末の、モニターが明るくなった。
よし。こいつ、動くぞ。
「政府はどうなってるんだ? あんたん所の家が力を持ってるらしいってのは分かるけどさ。ホワイトハウスとか今どうなってんの。」
「白い家? 人の名前? 分かんないけど、今エイムリーサは二十七の連合国家だよ。ジョーンズ家とか、コロンバス家とか。そこから選ばれて、国の代表になる。うちは領土は相当広いけど、さっき言ったみたいにほぼ不毛の土地だ。」
地図をモニターに表示させると、ルーシアは寄ってきて、この辺、と指さした。
カリフォルニアと、隣のネバダ州のあたりだ。めっちゃ広い。
遠くで爆音が聞こえる。
「この辺から下は、核ミサイルが落ちたという噂があって、誰も近寄らなかったんだけど、気が付いたらメヒーガが実効支配していて、海峡も掘られていた。慌てて取り返したんだけど、そこからもう百年ぐらいはこの状態だ。停戦合意はしてるはずなんだけどな。」
テメキュラのあたりだ。いいワインが取れるところだったのにな。もったいない。
「土地としては悪くないはずなんだけどなぁ。なんで不毛の土地になったんだか。」
「だからさ。それを研究し始めると、みんないなくなるんだってば。」
ビービーとまた警報が鳴り始めた。何だ。
窓から外を見ると、よろよろと一台のAMFが降りて来るところだった。なんとか着地する。
「やられてるんじゃないか?」
「だとしても、私らに出来ることは何もないよ。」
「あんたさ、ナントカ家の次期当主なんだろ。もうちょっと前向きな発言はないのか? 私が戦争を終わらせてやる!とか。この土地を豊かにしてやる!とか。」
俺が思わず説教すると、ルーシアは目を瞬かせた後、あっはっはと笑い出した。
「それが出来たら苦労はない。子供じゃあるまいし。すべての事が無駄になるって経験を、十年繰り返してみな? 嘘でもそんなことは言えない。」
近寄り過ぎたと思ったのだろう、また俺と距離を取って、入り口近くの椅子に座る。
「まるで誰かが悪意を持って未来を操作しているみたいだ。」
未来を操作。
俺はびっくりして、まじまじとルーシアを見た。
「何。」
「未来を操作できるとしたら、誰だと思う?」
ルーシアは、メヒーガを挙げる。海峡の恨みがある。しかし他の国も、今は国力の低下に苦しんでいる。
ケイネディア。ウーロ。ラジア。シーネイ。可能性だけならキリがない。
「じゃあ、今一番力を持っている国はどこだ?」
「さあ。でもそうだな、その端末の部品とか、AMFとかの部品とかでも、ラムリー製が多い。」
どこだ、それ。聞こうとした時、わらわらと人が入ってきた。




