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午前0時の転生屋  作者: 玖保ひかる
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第9話 まだ死ぬべき時ではない

 

 次の転生者の情報が書かれたレポートをいつも通りラダから受け取ったディーは目を通したあと、物問いたげにラダの顔をちらりと見た。


 ミランダ(70歳)、苗字はない。ゲーラス世界のとある小国の山深く、小さな丸太小屋にひっそりと暮らす魔女である。若いころ大変な美人だったミランダは、卑劣な男に狙われ人生をめちゃくちゃにされてしまう。その男や彼女を追い詰めた周囲への恨みを原動力に魔女となった彼女は、人が入り込まぬ山奥にこもり世俗と関わらずに生きてきた。

 ある日、ミランダは山に迷い込んだ二人の幼い兄妹を拾った。どう見ても貴族の子どもに見えた。どんな事情があるのかは知りようがないが、ミランダは二人を見捨てることはできず、家に連れ帰り育てた。子どもたちは成長し、そろそろ山から降りて生きていく方がいいのではないかとミランダが考え始めたころ、妹が病を発症し、それを治すことのできる薬草を探しに兄は旅に出た。待てども兄は戻らなかった。日に日に弱りゆく妹。ミランダは自分の命と引き換えに彼女を助ける大魔術を執り行う決意をした…。

 たしかに不幸指数も善人指数も高そうな人物である。しかしゲーラス世界の平均寿命は50歳といったことを考えると、ミランダは十分に長生きで、思いがけず予定外に死をたまわるという印象はない。


「何か質問がありますか、ディー」

「はい…。以前ラダ様は、死ぬべきではなかった人が死んでしまうときに助けるのだとおっしゃいました」


 ラダは微笑みを浮かべたまま、小さく頷く。


「ええ、そう言いました」

「このミランダという魔女は70歳まで生き、ゲーラス世界では大変な長寿というのに、まだ死ぬべき時ではないと言うことですか?」

「ええ、そうです。何歳かということはあまり関係ないのです。運命のいたずら…という名のゲーラスのいたずらのせいで、彼女の人生は大きく狂ってしまいましたが、本来であれば100歳を超えても生き、賢者として世界に尊敬されるはずでした。彼女の魂は他のどこの世界でも、救世主となりうる力を持っています」

「わかりました。現場に行って参ります」


 ミランダの住む小屋は、深い山の頂上付近にあった。最も近い里から山を三つも越えた先にあり、登山道などあるわけもない。うっそうと茂った木々に隠れて、ひっそりと小屋が建っている。

 まさかそのような小屋の中で、今まさに大魔法が行われていようとは、世界のだれも信じまい。

 ディーはいつものように黒い外套のフードを目深くかぶり、鎌のような網を持って小屋の上にプカプカ浮いていた。静まり返った小屋の周囲をディーは見回し、自分の中に浮かんできた懐かしさのようなものに、首をかしげた。

 この場所に懐かしさを感じるのは、一体何を意味するのだろうか。似たような景色をかつて見たことがあったのか。それとも、土と木の匂いがするひんやりとした空気に覚えがあるのだろうか。

 ディーには天界に来る前の記憶がない。転生屋になってから、もうどれだけの時が流れたかもわからないが、その間、自分に関わることは何も思い出せなかった。


(わからない。しかし、今は仕事だ)


 小屋の中ではミランダが若い娘を前に額に汗を流しながら、固く目を閉じ、長い呪文を詠唱していた。娘は青白い顔でベッドに横たわっている。時々、ピクリとまぶたが動くので、まだ生きていると分かる。

 ミランダがついに詠唱を終えて、大魔法を発動させたとき、温かい白い光が二人を包んだ。やがて目を開けていられないほどの光量となって、小屋の外まで明るく照らされた。

 光がおさまったとき、ミランダの魂が天に昇ろうと浮かび上がってくるのが確認され、ディーはすばやく近づき網を振るった。

 いつものように、しっかり網の中に魂はおさまった。


「こちらディー、捕獲完了。引っ張り上げてくれ」

「了解にゃ」


 地の果てより、クロが機械をいじると、ディーの体は暗闇に吸い込まれるようにその姿を消した。

 ミランダの魂は、大魔法発動の影響で力を使い果たしたらしく、なかなか目覚めなかった。現世のしがらみから解き放たれた魂に、疲労などという概念はないのだが、いま体から抜け出したばかりの魂は、体があったときの記憶に引き摺られる。


「う…、こ、腰が痛い…」


 気が付いたミランダが最初に放った言葉は、それだった。

 クロは思わずずっこけ、ミランダに言った。


「うそにゃ。魂だけになった身で腰にゃんか痛くにゃらんのよ」

「なんだ失礼なクソガキがおるわい!痛いと言ったら痛いんだ。わしは腰が痛い!」

「この婆さん、頑固にゃ」


 ディーはクロの頭をフードの上から、ポンポンとした。


「まだ体の重みが抜けきらないのだろう。そういう者もいる」


 ミランダは腰をさすっていた手を止め、ディーの顔を見ようとした。深くフードをかぶっているため、口元しか見えない。


「お主は…」

「俺は転生屋だ。あなたは先ほど大魔法を発動させ、命を落とした。覚えているか」

「魔法は無事に発動したのか?」

「ああ、発動した。娘の命は助かり、あなたは命を落とした」

「そうか!そうか…!あの子は助かったか」


 ミランダは両目から涙を流して魔法の成功を喜んだ。


「意外といい婆さんだにゃ」

「意外ではないだろう。善人指数が高いのだぞ。どうやら口は悪そうだが」

「そうだったにゃ」


 口の悪い老人が悪人とは限らない。善人か悪人かは、その者の行動からのみ判断されるべきなのだ。


「それで?わしが死んだのはわかった。お主らは転生屋と言ったか?こんな年寄りを捕まえて何をしようと言うのかね」



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