第6話 腹心のラダ
ラダの朝は早い。身の回りの世話をしてくれる召使いたちが、ラダが起きるのを待ち受けている。大きな寝台の真ん中で目覚め、裸で起き上がったラダに召使いたちが寄って来る。
白いたっぷりとした布を巻き付け、美しい銀髪を櫛で梳く。その間に、ラダは差し出された果実酒のグラスを受け取り、のどを潤す。
「ラダ様、御髪が整いましたわ」
召使いの言葉ににこりとほほ笑む。
「ありがとう」
すると別の召使いが尋ねる。
「ラダ様、果実酒のおかわりはいかがですか?」
「もう仕事に行かなくては。ありがとう」
常に微笑みをたたえ、物腰柔らかなラダは天界の人気者である。
召使いたちは、ラダのうるわしい声を聞けてみな満足そうに笑っている。
ラダの周りには、いつも花々が咲き乱れ、実った果実がラダに収穫されようと枝を伸ばす。そこはまさに楽園であった。ラダの目の下のクマさえなければ。
神々にも休息は必要なのだが、ラダには明らかに休息が足りていない。
「ラダ様、もう少しお休みになった方がいいですわ」
「そうですわ。もうずっとお仕事ばかりしていますわ」
ラダはにこりとほほ笑んだ。
「ありがとう。心配をかけてすまないね。でも私が仕事をしなくてはハーデス様がお困りになるから」
ラダは敬愛するハーデスの姿を思い浮かべ、笑みを深めた。
いつものように、まだ多くの人々がまどろんでいる時間に執務室の席に着く。
ラダの許には、あらゆる世界の管理人より、陳情書が送られてくる。世界を創造する神々はみな自由で奔放で、好き勝手なことをやらかしている。そのつじつま合わせをラダが一人で行っているのだ。
なぜラダが行うようになったのか。
それは、ハーデスが黄泉の神であることの影響が大きい。あらゆる世界の人々が死して訪れるのがハーデスの治める黄泉の国である。それぞれ創造主の違う世界に、他の神の力は及ばないが、すべての世界がつながる黄泉の神ハーデスであれば、その力を振るうことが可能なのだ。
とはいっても、ハーデス自身はこまごまとした世界の問題など興味がない。腹心のラダにまかせっきりである。
「ハーデス様がもう少し御心を寄せてくださればよろしいのに」
そのような不敬な言葉をラダの召使いがうっかり口にした。ラダは笑みを絶やさぬまま、召使いをたしなめた。
「そのような不敬なことを申すものではありません。ハーデス様の絶大なお力の前では、世界の困りごとなど些事に過ぎないのです。だからと言って、ハーデス様がわたくしたちに御心を寄せてくださらないわけではないのです。現に今も、わたくしにはハーデス様の御心が感じられます。もしもハーデス様のしもべに、ひとたび事がおきれば、かならずやそのお力を貸してくださることでしょう。しかしお前がそのように言うのも、わたくしを心配してのこととわかっていますよ」
「申し訳ありません。わたくしの考えが足りませんでした」
ラダは鷹揚に召使いを許し、さっそく書類の処理に取り掛かった。尋常ではない速さで処理を進めていると、転生作業を終えたディーとクロが部屋に入って来た。
今日のクロは何やら不満があるようで、転生屋の意義を問うてきた。
ラダは初めてディーがクロを連れてやって来た日のことを思い出して、クロの成長を喜ばしく思った。
かつてディーも、転生の仕事に疑問を抱き、ラダに同じような問いかけをしたことがあった。いずれクロもディーのように、どこかで折り合いをつけるようになるのだろう。
その時だった。肌にびりびりと強い神力を感じ、どこか近くで雷の落ちる音が轟いた。
「おや、これは…ハーデス様がお怒りのようです。一体何があったのでしょう」
ラダは一瞬、手を止めて耳を澄ませた。
意識を研ぎ澄ますと、実際に起きた光景が脳裏に浮かんでくる。
「困った人たちがいるものですね。あの者たちは天界にはふさわしくない」
そう言って、パチリと指を鳴らすと、雷に打たれて倒れていた者たちは跡形もなく消え去り、天界は静けさを取り戻したのだった。