第2話 黒をまとった者たち
「転生完了を確認」
「お疲れ様にゃ」
ディーはホッと息をついてフードをはずした。クロも邪魔そうに顔を隠していたフードをはね上げる。
クロの頭にはかわいらしい猫の耳が生えている。柔らかそうな髪も耳の毛色も黒。外套に隠れて見えないが、黒いかわいらしい尻尾も生えている。
「お姉さん、やさしかったにゃ。白猫たんを助けてくれたのよ。あの子が無事でよかったのよ」
「ああ、よかったな」
「転生先では幸せになれるといいにゃ」
「大丈夫だ。彼女は優しさが決め手となって幸せをつかむよ」
これまで見て来た転生者は、転生後に幸せな人生を送っている者が多い。転生条件をクリアするほどの善人なのだ。不幸指数が爆上がりした今世の運が悪すぎただけなのだ。
「片付けも終わったにゃ」
「よし、帰ろう」
天界に戻ったディーとクロは、上司であるラダの執務室へと入った。
ラダは美しい銀髪をたなびかせ、白いたっぷりとした布地を体に巻いて、優しい微笑みを浮かべて座っていた。
優雅、という言葉は彼のためにある。その目の下のクマさえなければ。
午後のティータイムを楽しんでいるような表情と裏腹に、手元は目にも留まらぬ速さで次から次へと書類が処理されていく。ラダは尋常ではない仕事の量を抱えているのだ。
「戻りましたー!」
クロの声を聞いて、ラダは手を止めた。
「おかえりなさい。クロ、ディー。首尾はいかがでしたか」
「無事、転生を確認しました」
それを聞いて満足そうに頷くと、ラダは転生者リストの立花茜の欄に赤線を引いた。
「では、褒美を受け取りなさい」
サッと手を振り、空中から物を取り出すようなしぐさをする。すると彼の手の中に、キラキラと虹色に輝く小さな宝石のような物が二つ現れた。
星のかけらだ。
クロは満面の笑みを浮かべて、大事そうに星のかけらを一つ受け取った。
ディーは無表情に、残る一つを受け取り、無造作に胸ポケットに入れた。
「また今夜、出動してもらいます。それまで少し休みなさい」
クロとディーはラダに頭を下げて、部屋を後にした。
ラダの部屋から出ると、二人は自分の部屋へと向かって歩き出した。ディーは仕事を一つ終えたあとの軽い疲労感を、クロは星のかけらをまた一つ手に入れた高揚感を感じながら廊下を進む。
すれ違う天界人たちは、みな二人から視線をそらす。少し離れたところで、コソコソと「死神…」と噂をしている。
天界で黒髪黒目を持つ者は少ない。黒をまとった者たちは、死者の魂を回収し、異世界に転生させる仕事を請け負う。転生屋は死神と呼ばれる嫌われ者だ。
数多ある世界の均衡を保つ大切な仕事だと、ラダは言うが、ディーにはそんなもの関係ない。誇りを持って仕事をしているわけではないのだ。黒髪、黒目の天界人が就ける仕事など、他にないだけ。
ただ、報酬としてもらえる星のかけらは、たいそうな価値があった。星のかけらを作ることのできる神はラダが仕えるハーデスのみ。ハーデスの強い神力が込められた星のかけらを、転生屋だけが手に入れることができる。
この珍しい宝石を誰もが欲しがった。その美しさもさることながら、効力もすさまじいからだ。
神が星のかけらで作った装身具を身に着けると、人々からの尊敬や信仰を集める力があった。信仰心が高まれば、その神の格が上がり、神力が増す。だから神々はいつでも星のかけらを欲しがっている。
一方人々も星のかけらを欲しがっている。自分が仕えている神に捧げることもできるし、かけらにこめられたハーデスの力を利用して、大魔法を成立させることもできる。
極めつけに、星が一つ作れるだけのかけらを集めたら、どんな願い事でも一つ叶えることができる。
そんなわけで、転生屋の中には星のかけらを売る者もいたし、クロのように願いをかなえようと集めている者もいる。
ディーには叶えたい願いがないし、売って代わりに手に入れたい物もなかった。だから、クロに譲ってやってもいい。しかし、クロは力強くそれを断った。
「とっても気持ちはうれしいんにゃけど、それはもらえないのよ。今は記憶がにゃいから、願いなんて思いつかないのかもしれにゃいけど、きっといつか、かけらを必要とする日がくるにゃ」
ディーは曖昧にうなづいた。
(俺がいったいどこのだれで、どうして天界にいるのかを知りたいと願ってみるか?)
自分自身のことを、それほど強く知りたいと願っているわけではなかったが、星のかけらを手にするたび、その考えが浮かぶ。
(まあいいさ。どちらにしろ、星のかけらが星一個分たまるのは、まだ先の話だろうから)
ディーは部屋の片隅に置いてある小瓶に、星のかけらをコロンと入れた。