第13話 失敗
「マリーが魂の捕獲に失敗した?」
仕事を終えて戻って来たばかりのディーは、ラダに告げられ、珍しく動揺した。
「そうなのです。いま地の果てで間違えて捕獲してしまった魂から激しいクレームを受けていますので、処理に出向いてはくれませんか」
マリーが天界に来てから、少しばかりの時が過ぎ、今では転生屋の一員として現場に出ている今日この頃。
聞けば、今日マリーが担当したのは大規模な爆発事故の現場だったらしい。いくつもの魂が同時に天に昇り始め、まだ初心者のマリーは間違えて、隣の人間の魂を網ですくってしまったらしい。その間に正しい転生者は黄泉へと渡ってしまった。地の果てへ引き上げられた魂が情報と違ったため、ミスが発覚した。
かくなる上は、間違えて掬ってしまった魂に事情を説明して黄泉に渡ってもらうしかないのだが、この魂は間違えた詫びに転生させろと主張している、とのことだった。
転生屋になったばかりの妹が失敗したと聞けば、駆け付けて手伝ってやりたいと思うのが兄妹というものだ。
「わかりました。自分が行きます。クロ、悪いがつきあってくれるか」
「もちろんにゃ」
「戻って来たばかりなのにすまないね」
二人はマリーの許へと急いで向かった。まだ視界が開けないうちから、どすの利いた恫喝が聞こえて来た。質の悪い男のようだ。これではマリーとその相方は、困惑しているだろう。
マリーがペアを組んでいるのは、ネロという真面目で優しい青年だ。ディーよりは歴が短いが、クロよりは長い。
ディーは声の方にスーッと近づいて行って、唾を飛ばして怒鳴っている男の魂が視界に入った途端、掌を男の目の前に向けた。
「落ち着け」
「あーん?!なんだてめーは」
「私も転生屋だ。異世界転生を希望していると聞いた。魂の情報を読ませてもらう。クロ、端末をつないで」
「了解にゃ」
有無を言わせず、男のペースには巻き込まれない。
外套からクロが機械を取り出してセッティングすると、この男の情報を閲覧できる状態にした。
コペル・ハーゲ(44歳)、爆発事故による死者の一人。しかし純粋な被害者とも言えない。なぜなら、爆発事故を起こした組織の一員だからだ。
大規模な強盗組織の構成員として、様々な国を渡り歩き、窃盗、強奪、脅迫、詐欺、あらゆる犯罪に手を染めている。先日、ケチな縄張り争いから足が付き、人身売買のアジトに強制捜査が入った。それを知った組織の幹部たちは、アジトを爆弾でぶっ飛ばし、混乱している間に逃亡を図った。
この爆発で多くの犠牲者が出た。アジトにいた下っ端の構成員たち、さらわれてきた幼い子どもや獣人たち、捜査に入った警察官たちも巻き込まれた。
「残念ながら不幸指数も善人指数も基準に満たないため、異世界転生はできない」
「さっきから言ってるだろ!そっちが間違えて連れて来たんだから、責任持って転生させるのがケジメってもんだろうが!」
品のない顔をして、品のない言葉を吐き捨てる、品のない男であった。マリーとネロが説明しても聞く耳を持たず、ずっとごね続けているようだ。
「間違いを正そうとしているのだが。まあ、いい。希望通り、転生ができるよう取り計らおう」
ディーがため息交じりにそう言うと、マリーとネロが「えっ」と驚く。それを見てコペルはずるそうに舌なめずりをし、ニヤリと笑った。
「おう、わかってるじゃねぇか。最初からそうしろって言うんだよ。まったく。一番大物が行く世界に行かせてくれよ」
「ああ、それならばいい世界がある。めったにそこまで行ける者はいない、特別な世界だ」
「いいじゃねーか、そこに行かせてくれ」
「希望を確認した。クロ、ハーデス第八世界へ世界の扉をつなげてくれ」
「了解にゃ」
クロがキーボードを打ち始めると、コペルは用心深くディーに尋ねた。
「そのハーデス世界って言うのはどういう世界なんだ?」
「ハーデス様は数多あるすべての世界に干渉することのできる大変力の強い神だ。神々はみなハーデス様の力にあこがれ、少しでも近づきたいと欲している。ハーデス世界とは、そのハーデス様が治める世界だ。魂の位に応じて第一から第八世界に振り分けられるのだ。一番大物が行くのは第八世界だ」
「おい、そっちの死神!こいつの言っていることは本当か?」
にらまれてマリーが少し震えた声で答える。
「本当よ。わたしたち転生屋はこの地の果てで嘘をつくことはできないの」
「ふーん、そうか。それじゃあお言葉に甘えて、ハーデス第八世界へ行ってくるわ」
「お気をつけて」
空間に魔法陣が現れると、コペルはニヤニヤと乗った。すぐさま強い光がコペルを包み込み、消え去った。
「そうやら無事に黄泉へ渡ったようだ。大変だったな、マリー、ネロ」
ディーの言葉を聞いて、マリーとネロは脱力してしゃがみこんだ。