第12話 黄泉に送るのは忍びなく
「まさかこんなことになるとは…。とにかく、ばあちゃんには転生してもらうしかない」
「でも素直に転生するかにゃ」
「説得するしかあるまい」
ディーは言い合っているミランダとマリーの間に割って入った。
「親子喧嘩はやめてくれ。これからどうするか決めなくてはいけない。ばあちゃん、さっきは異世界転生を希望しないと言ったが、どうか受け入れてもらえないか。ばあちゃんが消えてしまうのは、世界の損失だし、なにより俺がいやなんだ」
「ふん、おおげさな」
「おおげさなんかじゃない。ばあちゃんはあらゆる世界で救世主になれる魂なんだ。転生してくれれば、また何かの拍子にめぐりあうこともできるけど、消滅してしまったらもうそれで終わりなんだ。俺のために、どうか異世界転生を受け入れてくれ」
「え…、異世界転生ってなに?消滅って…?」
マリーはわけがわからず小さい声で呟いたが、ディーが真剣にミランダに転生を進めていることは理解した。
「ねえ、おばあちゃんは異世界転生しないと消滅しちゃうってこと?」
「ああ、そうだ。正確に言えば、黄泉で幾千年の試練を受ければ消滅しないが、転生も試練も拒否すれば魂喰いに喰われて消えてしまう」
「わがまま言ってないでさっさと転生しなさいよー!!お兄ちゃんも、お願いなんかしてないで、さっさと転生させちゃいなさいよ!」
「お、おう」
「わかったわい」
ディーはこほん、と咳ばらいをすると仕事中だったことを思い出し、姿勢を正した。
「希望を確認した。クロ、世界を開いてくれ」
「待ってましたにゃ!」
クロが外套から機械を出してセッティングし、キーボードを打ち始める。
「ちなみに、ばあちゃんに用意されているのは、ゼウス世界のとある大陸で聖女として大切にされる人生だ」
「おばあちゃんが、聖女?ぷふっ」
「わしが聖女だと何がおかしいんじゃ。あぁ?わしは若い頃なぁ、すっごい美人で…」
「準備完了にゃ!」
ミランダの昔話が始まりそうなところで、クロが最後のエンターキーをタン!と小気味よく鳴らし、魔法陣が出現した。
「さあ、その魔法陣に乗って」
「あいよ。…じゃあな。二人とも、幸せに暮らすんだよ」
ミランダはそう言い残し、強い光に包まれ消えて行った。
「転生完了を確認」
「お疲れ様にゃ」
マリーは先ほどまでの威勢のよさは鳴りを潜め、少し寂しそうにつぶやいた。
「幸せに暮らせ…か。もう死んでるんだけどな」
ディーはマリーの頭をくしゃっと撫でた。
「マリーがいなければ、ばあちゃんはきっと消滅を選んでいた。聖女の人生だって、受け入れなかったかもしれない。ありがとな」
マリーは少しだけほほ笑んだ。
「でも、死んでしまってごめんなさい。せっかく命をかけて助けてくれたのに」
「いいんだ。しかたない。お前の言う通りだ。お前の気持ちを考えていなかった」
「もう二度とお兄ちゃんに会えないと思ってた…。会えてよかった」
「ああ」
「でも、どうしよう。私も転生、できる?それとも、なんだっけ、どこかで試練?を受けることになるのかしら」
「ラダ様に相談してみよう」
「ラダ様?」
ディーとクロは片づけをしながら、天界のことやラダ様のこと、転生屋のことを説明した。
天界に戻ると、すぐにラダの執務室にやって来た。いつも通り、ラダはほほ笑んで3人を迎えた。
「ラダ様、ミランダの魂は無事に転生しました」
「そのようですね。よくやりました」
ラダは転生者リストのミランダの欄に赤線を引いた。
「ですが、その場で命を絶ったマリーの魂を捕獲してしまいました。俺の妹です」
「ようこそ天界へ、マリー」
「は、はじめまして」
マリーはラダの美しさに圧倒されながら、なんとか挨拶をした。少しまぶしがっているかもしれない。
「勝手なことをしてすみません。ですが、マリーの魂を黄泉に送るのは忍びなく」
ラダの表情は相変わらずの微笑みで、一体何を考えているのか、ディーには読み取れなかった。
「家族ですから、そうでしょう。ディーの気持ちは理解できます。しかし、本来であれば指定されていない魂を救いあげてはいけませんでした。それはわかっていますね」
「はい、もちろんです」
「よろしい。では、転生屋が自分の判断で指定されていない魂を救いあげることが許される場合があるのは知っていますか」
「え…、あ…!」
「そうです。転生屋にふさわしい魂を見つけた時です。見ればマリーは黒目に黒髪、善人指数も高めです。十分に転生屋の資格があります。マリーが転生屋として働くのなら、ディーの勝手な行動も不問としましょう。しかし、もし転生屋として働かないのであれば、ディーは処罰を受け、マリーは黄泉へと送ります。マリー、どうしますか?」
マリーは予想もしなかった展開にやや戸惑っていたが、それでもここは決断の時と腹を決めた。
「働かせてください!」
「転生屋は天界の人々に死神と呼ばれ差別をされますよ。それでも大丈夫ですか」
「大丈夫です!だって、お兄ちゃんと一緒なんですよね?」
「ええ、ディーと一緒に暮らしなさい」
「だったら、大丈夫です!お兄ちゃんを失う痛みに比べれば、どんなことも大したことないです」
「マリー!」
ディーは感極まってマリーを抱きしめた。自分が早く死んでしまったばかりに、マリーにどれだけ辛い思いをさせて来たのかと、悔やんでも悔やみきれない思いだ。
「仲の良い兄妹ですね。ああ、ただし、仕事は別の者と組んでもらいますよ。さあ、では報酬を受け取って下がりなさい」
ディーとクロは星のかけらを受け取り、三人は部屋をあとにした。
「マリー、ラダ様に感謝しなくてはな」
「わかってるわ。これから転生屋の仕事を、誠意を持ってやるわ」
「わからにゃいことがあったらにゃんでも聞くにゃ」
「ありがとう、クロちゃん。よろしくね」
こうしてディーの記憶は戻り、転生屋に一人仲間が増えたのだった。




