第11話 記憶の奔流
ディーは「教えてくれ」と言えばいいのか、「知りたくない」とそっぽを向けばいいのか、自分でもわからなかった。
そんな逡巡を知ってか知らずか、ミランダは重々しく口を開いた。
「わしの住む小屋はわざと人が近寄れぬような場所に建っておる。人の中にあると散々嫌な思いをしたでな、山にこもっておったのよ。ある日、先ほどの娘、マリーとその兄が山のふもとに倒れ伏しているのを見つけて、仕方なく連れて帰ったのじゃ。それからしばらくはあの小屋で、3人で暮らしたのじゃ」
「その話は知っている。その兄は、あの娘が病にかかり、薬草を探しに出かけたきり戻らないと」
「そうだ。マリーの病は毒が原因だった。わしの作る薬湯で症状をやわらげておったが、じわじわと進行していった。解毒に必要な薬草を取りに出かけたのさ。隣国の雪山でしか採れない薬草だった。それっきり、あの子は帰って来なかった。マリーの身をあれだけ案じていたあの子が戻らないとなれば、どこかで命を落としたんじゃないかと、わしもマリーも悲しみに暮れたさ」
「まさか、その兄が俺だと言うのか?」
「そうさ。わしに拾われあの山小屋で育った、マリーの兄。おぬしの名はディオン」
「ディオン…」
ディオンという名が、ディーに欠けていたピースとなって、心のすきまにスッとはまった。
途端にディーの頭の中はディオンと呼ばれていたころの記憶があふれかえるようによみがえった。
「あ‥‥、ああ‥‥」
次から次へと、記憶の断片が映像となって脳裏に浮かび、すぐさま流されて次の違う断片が浮き上がる。
そうしてしばらく記憶の奔流に身を任せていたが、ようやくディーはディオンとしての自分を取り戻した。
「ばあちゃん、俺、思い出したよ…。全部…。俺は…。マリー、マリー!」
ディーは自分で気付かないうちに滔々と涙を流していた。
「またこうして会えただけでもわしは幸せじゃ。できればお互い生きているうちに再会したかったものだが。わしもお前も死んでしまったんじゃな」
「そうだ。俺は薬草の生えている雪山までたどり着いた。がけっぷちに生えている薬草を取って、引き返そうとしたときにユキヒョウに襲われた。そこから先は覚えていない。たぶんそこで俺は死んだと思う。…ばあちゃん、すまなかった。俺が戻らなかったから、マリーは…。ばあちゃんが命を張って助けてくれたんだな。どこの馬の骨とも知れない俺たちを育ててくれただけでも返しきれない恩があったのに…死んでしまって。もう…恩も返せやしない」
ミランダは涙を流し続けるディーを、そっと抱きしめて背中を叩いた。
「お前は死んでもバカだねぇ。お前たちを育てたのも、マリーを助けたのも、恩に感じることなんかないさね。わしが好きでやったのさ。そしてあんたたちから、わしの方が、返しきれぬほどの幸せをもらったのさ」
「ばあちゃん・・・!」
ひしと抱きしめあって、感動に身を任せる二人に、突然、クロが割って入る。
「お取込み中のところ悪いんにゃけど、大変にゃ!マリーという娘の魂が飛び出てるにゃ!」
「なんだって―――!急いで世界をつないでくれ!」
「つながってるにゃ!」
「マリー!」
ディーは超特急でゲーラス世界に飛び込んだ。
ミランダの山小屋の上に、たしかにマリーの魂が浮かんできている。このままでは黄泉へと渡ってしまう。
ディーは大急ぎでマリーの魂に近づき、鎌のような網を振り下ろした!
「マリーを確保!一体どうなっているんだ!?」
「とりあえず引き上げるにゃ」
「ああ、頼む」
地の果てにたどり着くと、ディーは精神的疲労からへたりこんでしまった。
「お疲れにゃ」
「クロ、一体、どうしてマリーは魂になってしまったんだ?」
「ディーと婆さんが騒いでいるうちに、その娘は自害してしまったにゃ」
「なんだって!?」
「婆さんに先立たれて、絶望に染まったにゃ」
「なんということだ!マリー!」
マリーが目覚めた時、すぐさま自分の死を確信した。なぜなら、自分を置いて先に死んだはずのミランダと、長いこと行方知れずの兄が、二人して自分を覗き込んでいたからだ。
「おばあちゃん!おにいちゃん!私、一人じゃ生きていけないわ」
「はぁ~、お前がこんなに馬鹿な子だったとは、わしはがっかりしたよ」
「なんでそんなことを言うの?」
「お前の命を助けるためにディオンもわしも死んだと言うのに、なぜ自分から命を絶ってしまったんじゃ。これではディオンもわしも無駄死にじゃろが」
ディーもミランダの横で静かに頷いた。
「そうだぞ、マリー。俺はお前さえ助かってくれれば、それでよかったんだ」
「わしだってそうじゃ。お前のためだから命を捨てて大魔術を成功させたと言うのに!なぜ自害なんて馬鹿なことをしんたんじゃ!」
マリーは二人に言われて、肩を細かく震わせた。大きな目には涙がたまり今にもこぼれそう。クロは端で見ていて、マリーが気の毒になってしまった。
「ちょいちょい、二人とも。そんにゃに言ったらかわい…」
「馬鹿はそっちだってーの!」
マリーをかばおうと口を出したクロをぶったぎるように、マリーが怒鳴った。クロの丸い目は点のようになっている。
「だれが、いつ、私のために死んでくれって言いましたぁ?二人を犠牲にしてまで生きていたいなんて思ってないってーの!二人がいないなら、生きてる意味なんかない!どうしてそんなこともわからないのよ!」
「まったくこの子は…!」
言い合いの止まらないミランダとマリーの様子に、クロはひきつった顔で、ちょいちょいとディーの外套を引っ張る。
「これどうするにゃ?」