第10話 力強い瞳
「それで?わしが死んだのはわかった。お主らは転生屋と言ったか?こんな年寄りを捕まえて何をしようと言うのかね」
「あなたは不幸指数が高く、かつ善人指数が高いという条件を満たしているため、異世界転生の権利がある。異世界転生を希望するか?」
「はっ。不幸指数が高いだって?ばかばかしい。わしの人生の何を知っていると言うのだ。そりゃ苦労はあった。苦労の一つもない人生なんて、無いだろう。誰だってなんらかの苦労はするものさ。それでもわしは幸せ者だったよ。最後の最後まで、だれかのために命を落とせたなんて、こんな幸せなことがあるか」
ミランダは腹立たし気に言い捨てた。ディーは静かに頭を下げた。
「気分を害したならすまなかった。あなたの言う通り、不幸指数が高いことが、不幸であることと同一ではない。あなたが幸せな人生を終えたというなら、それは幸いであったと思う」
「ふん、わかったならいいが、異世界転生なんて希望しないよ」
きっぱりと断るミランダに、フードの下でディーは少し困り顔をしていた。
ミランダの魂は大変に高潔で素晴らしいので、どこの世界でも引っ張りだこ。そのような魂を転生させずに黄泉へ送るなんて、世界の損失である。
「よく考えた方がいいのよ。転生しにゃかったら、黄泉で試練を受けるのよ。それはとっても大変にゃのよ」
「は?試練だって?わしはそんなものも受ける気はないよ」
「それはいけない。試練を受けない者は魂喰いに喰われて消滅してしまう」
「もう十分生きたんだ。消滅したってかまわないさ」
「では本当に、転生を希望しないと?」
「そうだよ」
「本当にそれで心残りはないのか?」
「心残り…」
口ごもるミランダを見て、ディーはこの魔女には心残りがあることを知った。
「わしはもう消えちまってもいいんだ。ただ、最後にあの子の様子を見せてはくれないか…」
「あの子とは?」
「わしの小屋に残してきたあの子に決まっておるだろう」
「…いいだろう。クロ、世界をつないでくれ」
「了解にゃ」
「オレの手につかまってくれ。決して手を離さないように」
ディーの差し出した手にミランダはつかまった。
ミランダが感じている様々な思いが、手を通してディーへと流れ込んでくる。
(わしが死んだらあの子は悲しむじゃろうて。自分を責めるかもしれない。一人きりになって、生きていけるだろうか。薬草を探しに出かけたあの子の兄は無事だろうか。どこかで命を落としてしまったのだろうか。心配だ。心配だ。二人が心配だ)
ディーはミランダの想いを感じて、胸がつんと痛んだ。彼女の心の中は、辛かった人生への恨みなど一つもない。すべてが兄妹の心配で埋め尽くされていた。
ディーはなぜか涙が出そうになって、ぐっとこらえた。
「あちらからは、俺たちの姿は見えない。ただ見るだけだ」
「わかったよ」
「つながったにゃ」
先ほど浮いていた小屋の上に、再びディーは降り立った。今度は片手にミランダの魂を連れて。ディーが念じると、次の瞬間、二人は小屋の中にいた。
ベッドの脇で、こと切れているミランダの体を抱きしめて、嗚咽をこらえずに泣き続けている少女が目の前にいる。
「おばあちゃん、おばちゃん、目を覚まして!嘘だと言って!」
その姿を見て、ミランダは思わず手を伸ばした。
「マリーや、すまないね。悲しい思いをさせてしまった」
もちろん、その声はマリーには聞こえない。しかし、マリー、と聞いた瞬間、ディーは全身に電気が流れたような衝撃を感じた。
(マリー?なんだ、これ、は?胸が苦しい…!)
ディーの様子には気が付かず、ミランダはマリーの髪をなでようと手を触れた。
その手には感触は伝わらなかったが、マリーはハッとして二人が立っている方を見た。
黒い力強い瞳が、二人をたしかに捉えたように感じた。見えているはずはないのだが。
「おばあちゃん、そこにいるの?!おばあちゃん、死なないで!置いて行かないで!いやよ、もう置いて行かれるのはいや!」
「マリー!ごめんよ、マリー!」
ディーは自分の呼吸が激しく乱れているのを感じた。ミランダの手を掴んでいない方の手で、心臓の当たり押さえる。
(苦しい、なぜ。マリーを見ていると、苦しくなる。マリーはオレの…)
通信機を通して現場を見ていたクロは、ディーの様子がおかしいことに気が付いた。
「ディー、どうしたにゃ?ディー?これはマズイことににゃったのよ!」
慌ててディーとミランダの魂を地の果てに引き上げるよう操作した。
地の果てに戻って来たディーは頭を抱え、はーっはーっと荒い息をしている。クロは駆け寄って、おろおろとディーの背中をさすった。
「ディー、大丈夫にゃ?水を飲むにゃ」
ディーのフードをはがし、口元に水を持って行くと、ディーはなんとか水を飲み、落ち着きを取り戻そうと深い呼吸を繰り返した。
その姿をミランダは大きな目をさらに大きくさせて、身動きもせずじっと見ていた。
しばらくすると、ようやくディーが回復して、なんとか体を起こした。
「すまなかった。もう大丈夫だ」
「びっくりしたのよ」
「なぜか急に具合が悪くなってしまった。ミランダ婆さんも、すまなかったな」
ミランダはフードがはだけて顔が露わになったディーを、じっと見つめながら言った。
「お主、わしのことがわからんか?記憶を失っているのか?」
ディーはハッとしてミランダを見返した。
「オレのことを知っているのか」
「ああ、知っているとも」