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午前0時の転生屋  作者: 玖保ひかる
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第1話 死神ではない。

 立花茜(29歳)は、急な残業で終電を逃し、真夜中の暗い道を一人、足取り重く歩いていた。

 その残業をもたらした無責任な後輩は、体調不良で欠勤したはずが、インスタグラムにおしゃれなイタリアンバルで食事中との投稿を上げていた。

 しかも彼女と今一緒にいるのは、つい先ほど茜と別ればかりの男だ。

 彼とは、ここのところ仕事が忙しくて会えずにいたが、今日の約束をキャンセルしたことで、ついに別れを告げられた。ろくに茜の言い分も聞かずに。

 ひとまず気持ちを切り替えて、仕事に取り掛かった茜に届いた後輩からメッセージ。

 仕事を押し付けたことへの詫びかと思い、何気なく開くと、「茜さんの彼氏、もらっちゃいました♡すみません♡」のメッセージと共に、ご丁寧にも二人が頬と頬をくっつけて自撮りした写真が添付されていた。

 結婚まで考えていた彼氏と、面倒を見ていた後輩の裏切り。一瞬思考が止まったが、その後に怒りも悔しさも、悲しみさえ感じなかった。ただ虚しいだけ。疲れ果てて、脳がしびれたようにジンジンと痛んだ。

 パンプスで長距離を歩いたせいで、両足の小指に痛みが走る。

 辺りは静まり返っていた。まるでこの世に生きて動いているのは自分だけのような気持ちになった時、真っ白な塊が視界を横切った。それは子猫だった。

 子猫は短い足を懸命に動かして、今まさに車道に飛び出した。子猫に向かって猛スピードで近づくまぶしい光。トラックのヘッドライトだ。子猫は驚いて立ちすくみ、トラックの正面でヘッドライトを見つめている。

 茜は咄嗟に子猫に向かって駆けだした。まろび出る形で、子猫に片手を伸ばして。

 ドンという衝撃。


(わたし、死ぬのかな…?今日はなんて日なの。でも、最後に子猫を助けられてよかった…)


 そこで茜の意識は途絶えた。

 その様子をぷかぷかと宙に浮いて観察していた男がいる。

 黒目黒髪の若い男。よく見れば端正な顔立ちなのだろうが、それを隠すように漆黒の外套を目深くかぶっている。夜そのもの、のような男。自分の身長よりもさらに長い鎌のようなものを持っている。その姿は物語に出てくる死神のようだ。

 午前0時ちょうど。茜の魂が浮かび上がって来た。

 すかさず男は茜の魂に近づき、持っていた鎌を振り下ろした。

 いや、鎌ではない!網だ!

 彼は長い網を器用に操り、茜の魂をすくい取った。


「こちらディー、捕獲完了。引っ張り上げてくれ」

「了解にゃ」


 通信機のような物から短く返事が返ってくると、ディーの体は穴に吸い込まれるように消え去った。


 次に茜が目覚めた時、見たこともない空間にいた。暗闇のようでいて、そこに立つ黒づくめの男たちは、ぼんやりと見える。ディーと、その相棒のクロだ。


「死神?ここは一体…?」


 茜がつぶやくと、フードをすっぽりかぶって大きな鎌のような網を持ったディーが答える。


「俺たちは死神ではない。転生屋だ」

「転生屋…?」

「そうだ。そしてここは世界のはざま。どこにも所属しない地の果てだ」

「地の果て…」


 茜は唖然としてただディーの言葉を繰り返した。


「君は残念ながら死んでしまったが、不幸指数が高くかつ善人指数が高いという条件を満たしているので、異世界転生の権利がある。異世界転生を希望するか?」

「…わたし、死んだの?」

「そうだ。覚えていないか?トラックの前に飛び出した子猫を助けて、代わりにひかれてしまったのだ」

「あ、そうだわ…」

「それで、異世界転生を希望するか?」

「希望しなかったらどうなるの?」

「その場合は、魂は黄泉へと渡る。そこで幾千年の試練を受けたあと、転生の権利を得る。しかし試練に失敗すると魂喰いに喰われて存在が消滅する」

「その試練って言うのは、どういうこと?」

「試練は様々あるが、例えば鉄壁に囲まれた場所で降り注ぐ灼熱の熱鉄を避け続ける試練などだ」


 茜は引きつってその説明を聞いた。


「他には?」

「他?そうだな、熱鉄の山を登る試練や、鉄のかめで熱せられる試練もある」

「ちょっと!ぜんぶ熱鉄で焼かれるじゃない!」

「いや、そんなことはない。葉っぱが刃物でできている大木に登る試練も…」

「わかりました!もう大丈夫です!異世界転生を希望します!」


 ディーは口をつぐんで、茜の顔を見た。


「希望を確認。クロ、世界の扉を開いてくれ」

「了解にゃ」


 クロは外套の中から何やら機械を取り出してセッティングする。キーボードを叩いて異世界情報を入力している。


「あのー、私はどういった世界に転生するのでしょうか。何か情報を頂けませんか?」

「君が転生するのはカイロス世界だ」

「カイロス世界…」

「そうだ。君は、とある国の高位貴族の娘となる。王太子の愛をめぐって、身分の低い娘との戦いになるだろう」

「よくある悪役令嬢ものってことね…」


 クロが最後のエンターキーを力強くタン!と押し、準備が整ったようだ。


「準備完了にゃ」


 空間に魔法陣が浮き出た。


「さあ、その魔法陣に乗って」


 茜が恐る恐る輪に乗ると、ピカッと強い光が出て辺りを明るく照らした。

 次の瞬間、茜ごと光の輪は消えた。どうやら無事、新しい世界へ転生を果たしたようだ。


ご覧いただき有難うございます。新連載を始めました。3万字程度の短編の予定です。

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