【ラゼリード誕生日2023】勝者の剣
──世界暦1845年──
主人に誕生日の贈り物をする侍従ヨルデンと、たまたま誕生日に男だったラゼリードのお話。
ラゼリード誕生記念2023書き下ろしです。
ヨルデンはラゼリードの誕生日プレゼント案に困っていた。
彼がラゼリードの侍従になって約6年。
ラゼリードは15歳になろうとしていた。それに対してヨルデンは14歳。
給金はたんまり貰っているものの、高級なものは王女という立場柄、ラゼリードは見飽きている筈だ。
「悩むなぁ~」
ディンナー領ではなく、王城にてあてがわれている一人部屋でテーブルに突っ伏して、あれでもない、これでもないと考える日々。
そうしている間にもラゼリードの誕生日は残りふた月に迫っていた。
眠れない夜が続く。
ラゼリード様は性別に拘ってらっしゃる。
なんで拘るかなぁ?
僕には分からないなぁ。
王女様も王子様も僕には関係なく、どちらの姿でも僕の主様なのに。
尊い主様。
最近、王子様の姿にはうっすらと、しかし確実に筋肉が付いてきていて、剣の稽古の時も油断すると負けそうになる。
剣……。
ハッとヨルデンは閃いた。
必要な事柄を紙に書き付けて、急いで部屋を出た。夜の為、薄暗い鳥舎に赴き、伝書鳩の脚に手紙を括り付けると、空へと放った。
なんで思い付かなかったんだろう?
早く、一刻も早く父上の元に手紙が届きますように。
ヨルデンは両手を握りしめて、鳩の消えた空を見上げた。
それからというもの、ヨルデンは目に見えてソワソワしていた。
ニヤニヤしながらお茶を淹れるヨルデンを見て、ラゼリードは「この子は遂におかしくなったのかしら」と呟いたが、当人は聞いていなかった。
◆◆◆
そしてラゼリードの誕生日が訪れた。
その日は城で国内の猛者を集めての御前試合が予定されていた。
勿論、ヨルデンも参加した。
あの日飛ばした手紙の内容の一つが御前試合へディンナー伯からのヨルデンの参加推薦願いだったのだ。
ヨルデンは遠くから多くの観客に囲まれているラゼリードを見る。
いや、この日の主はラゼリードではなく「エイオン」だった。
彼はまだ性別を制御しきれず男性になっており、朝になってドレスを用意してきた侍女たちを慌てさせた。
そんな訳で、不機嫌さを丸出しにした、いわゆる「ぶすくれた顔」で王子用の祭典服を着た彼は、上座でセオドラ王を挟んでフィローリと座っている。
ヨルデンの出場部門は年少部門だった。
年少とはいえ、成人以前の17歳までの青年達が参加していたが、ヨルデンに勝る敵などいなかった。
最後の敵を倒して審判が判定を下すと、ヨルデンは両手の剣の内、右手の剣を掲げ、眼差しを送りエイオンに勝利を伝える。
エイオンも自分の侍従がかなり強いのだと知って、満更ではなさそうに拍手を送ってくれた。
「面を上げよ。年少部門の勝者ヨルデン、そなたはこのたび、誕生の日を迎えた王女ラゼリードの兄弟弟子だそうだな。よくやった。儂が叶えられるものならなんでも褒美を取らそうではないか」
壇上から国王から直々に声を掛けられてもヨルデンは臆する事無く、跪いたまま答えた。
「ありがとうございます、国王陛下。でしたら兄弟弟子のラゼリード様と一度きりの真剣を使った一本勝負をお願い致します。ラゼリード様が王女様の日ならば、こんな無茶なお願いは致しません。ですが、今日のラゼリード様は王子様です。僕より年上の立派な剣士です」
ざわっと観客がどよめいた。
エイオンもセオドラも、フィローリまでが目を丸くしている。
「いや、私はその……まだ真剣を履いていなくて」
と、エイオンが断ろうとすると、彼らの師匠であるヨルデンの父であるディンナー伯爵が、茶色い剣帯と一対の銀色の剣を赤い天鵞絨で飾り付けた台に載せてやってきた。
剣は柄と鍔の組み合わせが十字の形になっていた。
剣そのものが巨大な十字架にも見える。
エイオンにはその剣が主を求める様に光って見えた。
「我が息子ヨルデンが用意させた贈り物でございます、殿下」
「ヨルデンが……?」
「左様にございます。我が家に仕える刀匠に打たせた双剣。ヨルデンの使用するものと同じであります。いわば勝利を得た剣の兄弟剣。 師匠として申し上げますと、ラゼリード様とヨルデン、どちらが勝ってもおかしくありませんとも!」
ディンナー伯爵が両手を広げて2人を讃えると、セオドラがニヤリと笑った。
「よし、儂はラゼリードに賭けるぞ」
「父上!」
エイオンは顔を赤くしながら上座から降りるとマントを外し、ディンナー伯爵に手伝ってもらいながら初めて真剣の双剣を腰に履く。
重い。これが真剣の重量か。
命を賭ける、重さ。
途端に群衆から巻き起こる拍手と胴元が張り上げる賭けのレートが渦巻いた。
エイオンは石段の演武場に上がり、ヨルデンと対峙した。
刹那、凍る背筋。
ヨルデンは殺気を隠そうともしない。
(冷たい目をしたこの少年は、本当に私の侍従なのか? あの仔犬みたいなヨルデンは……今はいないのか?)
迷いを抱きながらエイオンは双剣を鞘から抜いた。
ふと、気付く。
(刃の根元に何か彫ってある。何? ……“勝利は貴方の為に”……?)
「始め!」
審判の声でエイオンはハッと意識を戻した。
エイオンとヨルデン、二人はお互いの弱点とする箇所に剣を振るう。
勿論、片方の剣は自分の弱点を守っている。長年の兄弟弟子だ。何処が手薄かも解っている。
数合打ち合う内にエイオンはすっかり真剣の重さに慣れたが彼の剣戟で、ヨルデンの茶色い髪が数本舞う。
これが首だったら、とエイオンは改めて肝を冷やすが、ヨルデンは何事も無かったかのように、逆に攻めてくる。
エイオンの黒髪が空中に散った。
涼しい気候の筈のカテュリアだが、二人にとってこんなに熱い日は無かった。
二人を見守る観客は静まり返り、誰しもが固唾を飲んでいた。
踊るように舞うように、剣を打ち合わせる彼らは神秘的に見える。
いつしかエイオンもヨルデンも笑っていた。
こんな大観客の中、王の前で勝てるなら、何を差し出してもいい。
それくらい興奮していた。
日差しが──…………熱い。
何戦も潜り抜けて、今、真の決勝戦に立つヨルデンが一瞬だけふらりと体勢を崩した。
その時、エイオンの撃ち込みが正面から入り、ヨルデンは吹き飛ばされた。
観客から拍手が巻き起こった。
「勝っ……た?」
周りの大騒ぎにも気づかず、肩で息をするエイオンは双剣を鞘に納めると、倒れたままのヨルデンに足早に近寄り、介抱した。
ヨルデンは真っ赤な顔で満足そうに笑っていた。
「貴方様に勝利を。……ラゼリード様、おめでと、ございま、す………」
「ヨルデンの馬鹿! 熱中症になるまで戦うな!」
「えへ」
へらりと笑うヨルデンはいつもの仔犬みたいな少年に戻っていた。
その場でしこたま水を飲まされた後、担架で運ばれていくヨルデンを見送ったエイオン──ラゼリードは父から「国一番の見込みのある若い剣士」と、賞賛を受け、ディンナー伯爵からは免許皆伝を受けた。
六月の夏。
一度限りの熱い真剣勝負。
勝利と“僕”を貴方の傍に。
End