日本晴れの空の下で
マユが意識を取り戻したのは、アパートの近所にある神社だった。ホウキを持った禰宜さんが、倒れたマユを驚いた顔で見ている。
「大丈夫ですか?」
マユは飛び起きる。
「だだだ、大丈夫です!」
「どうしてドレスなんか着てるんですか……??」
「ちょ、ちょっとハロウィンの仮装で!」
「ずいぶん時期がちがいますけど……?」
「事前の準備です!」
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
心配そうな禰宜さんから逃げるように、マユは足早にその場を去ると住んでいたアパートへ向かった。ノックをしても返事はない。おそるおそる部屋のドアノブを回してみると、ドアはキイイと音を立てながら開いた。
「……ニャルさん……?」
返事はない。部屋の中は以前と変わっていなかったが、あちこちにスターバックスのグッズが置いてある。
「ニャルさん、スタバを堪能したみたい……」
テーブルの上に、メモと預金通帳があった。
「佐藤 マユさんこと、ソウ マチさんへ♡
おかげでとっても楽しかったです♪ そろそろマユさんへの愛が貯まってきたようなので、アタクシはハルモニアへ帰ります♪」
「やっぱり愛が貯まってたんだ……。たくさんの人がわたしを愛してくれてたんだ……」
泣きそうになりながら通帳を開いて見ると、涙が引っ込んだ! マユがハルモニアへ行く前までは残高が数十円だったのに、かなりの金額が記されている!
「なんで!? どうして!?」
振込先は、どれもスターバックスだった。
「ニャルさん、スタバでバイトしてたんだ……」
しばらく生活していける金額だったので、マユはありがたく受け取ることにした。そして朝も昼も夜も、小説を書いてかいて書きまくった! 題材はもちろんハルモニアでの出来事だ。ニャルとの不思議な出会い、ドゥワーフのダズッチャやドリヨンのこと、そして王様や美麗三王子たちのこと……。頭をフル回転してパソコンを叩き、夜になると力尽きてベッドは倒れこんだ。そんな毎日を過ごしていると……。
その日も夜が明ける前からパソコンを叩いていた。夢中でキーを打っていると、後ろから声がした。
「ふぅむ! マユにはそういう風に見えていたのか!」
「だだだ、だれっっっ!?」
振り向くと、王と美麗三王子がニヤニヤして立っていた!!
「おおお、おうさま!? みんなも!? なんで!?」
王や王子はそれに答えず、四人でマユに抱きつく!
「マユ、会いたかったぞ!」
「お久しぶりです!」
「…………!」
「ボク、さびしかったよ!」
マユは驚きのあまり息もできない!
「な、なんで!? なんで……!?」
王はにっこり笑った。
「簡単なことだ。愛するマユに会いに来たのだ♪ ほら、忘れ物だ。すまーとふぉんを持ってきたぞ」
「スマホは助かりますけど!! だだだ、だって誰かと入れ替わらないと、こっちへ来れないんでしょう!! 誰と入れ替わったんですか!?」
「ははは! それは庶民のすることだ! 我ら王族は誰とも入れ替わる必要がない!」
「私たち王族は、特別な力を持っているのです♪ いつでも自由にハルモニアとパンドラを往き来することができます♪」
マユは目を剥く。
「イヤな予感しかしないんですけど……。もしかして……、もしかして王様たちは、わたしをいつでもこっちの世界に戻すことができたんじゃあ……?」
「当たり前だ! お前が望めばいつでも帰すことができた!」
マユは絶叫する。
「望んでたじゃありませんか! わたしずっと元の世界に帰りたいって言ってたじゃないですか!?」
「そうだったか?」
「とぼけないでください! あの苦労はいったい何だったんですか!? そして何しに来たんですか!?」
王と王子は顔を見合わせる。
「王たるもの、勝手な行いは許されんのだ」
「それは王子も同じです♪」
「レティシアとアンドレアの祝いの席でマユがいなくなった時、すぐにマユの後を追いたかった」
「けれどもお客様を置いて王族が消えるわけにもいきませんから♪」
「だから私たちは考えたのだ」
「きちんと準備をして、マユに会いに行こうと♪」
「幸い城の者たちは優秀だ!」
「セヴィとバーサがいますからね♪」
「四人で長期休暇を取ることにしたのだ」
「たまにはお休みも必要です♪」
「そしてマユに会いに来たのだ♡」
「マユ、会いたかったですよ♡」
四人がひしとマユに抱きつく。
「やめてください! 帰ってください!」
王はマユの悲鳴を無視して、抱きついたまま片手でマウスを動かす。
「これを動かすと画面が動くのか? さっそく小説を読ませてもらおう!」
「マユの視線で見たハルモニアですね♪ 楽しみです♪」
「なになに……? 『私、終わった……。神社の鳥居の下で佐藤マユは、がっくりヒザをついた……』……マユも大変だったのだなぁ……」
「やめて! 音読するのはやめてください!!」
「……『スマホの通話終了ボタンを押す元気もない。目まいがするのはショックのせいか、お金がなくて何も食べていないせいか?』…………これは面白そうだ!」
狭いアパートの部屋に、マユの悲鳴が響き渡った。
「やめてください! お願いですからそっとしといてください!! わたしのことは、ほっといて! いやあああああああ!!」
「うはははははは!!!!」
「アハハハハ!!」
「……wwwwwww!!」
「うふふふふ♪」
日本晴れの空の下に、王族の楽しそうな笑い声とマユの絶叫が響き渡った。
めでたし、めでたし??




