バラルディ公爵の胆力が試される時
ガングとルウは数十人のバーテンダーが待っているドリンクコーナーへ駆け寄り、数百人いる配膳係は壁際に並んでこの日のために作った揃いの制服の裾を引っ張ってきちんとした。セヴィは悠然とした足取りで部下の執事たちが控えている入り口の大扉へ近寄ると、軽く手を挙げてマユへ合図を送った。マユは大きく深呼吸すると、全員を見渡した。
「皆さんのおかげで結婚披露宴の準備が整いました! 本当にありがとうございます! これからいよいよ本番です! 後世に語り継がれる宴が始まります! 100年後も200年後も伝説に残るパーティーにしましょう! 皆さんに幸いあれ!」
数百人全員が声高らかに唱和した。
「マユ様に幸いあれ! 天空神ユーピテルに幸いあれ!」
セヴィが小さく頷くと、部下の執事たちが幾つもある両開きの大扉を静かに開いた。豪奢な衣装をまとった煌びやかな各国の招待客たちが、晴れがましい表情で静々と大広間へ入ってきた。
貴婦人たちはこの日のために誂えた色とりどりの艶やかな絹のドレスを身にまとい、煌めく宝飾品を煌めかせながら美しい蝶のように行きかう。燕尾服や軍服を着た男性たちは幾つもの勲章を付け自慢げに胸を張っている。貴人たちが知人に会いあちこちで旧交をあたためていると、入口付近で拍手が起こり人垣が割れた。各国の王族たちが入場したのだ。どの王族も絹の大綬を肩に掛け、黄金と宝石で作られた数々の勲章がまばゆい。プランタジネットの美麗三王子も勲章を付けて、笑いさざめきながら堂々と歩いている。太陽のように輝く金髪のアレックス、情熱的な赤髪のオスカー、兄たちに歩調を合わせようとカールした金髪を揺らしながらチョコチョコ歩く可愛らしいノエルは注目の的だ。
最後に新郎新婦が四ヶ国の王と女王に伴われて、堂々と姿を現した。新郎新婦の顔は愛する人と結ばれた喜びで光り輝き、二人の父であるプランタジネットとザクセン王は黄金の王冠を頭に戴き聖石を据えた王錫を手にしている。アカルディ王とベッラ女王は視線が合うたびに頬を染めて微笑みあい、仲睦まじいことこの上ない。二人を見ていた貴人たちはおやと首を傾げたが、その理由はすぐ明らかになった。
新郎新婦が着席するとザクセン王が少年のような笑みを浮かべ、空色の瞳を輝かせながらよく通る声で話しだした。
「プランタジネット王国とザクセン王国が共に平和の道を歩み出す記念すべき日にお集まり頂き、心からの礼を申し上げる! 先ほどレティシアとアンドレアの結婚の儀が滞りなく済んだことを報告する!」
割れんばかりの歓声と拍手が広間を揺らした。ザクセン王は歓声と拍手が終わるのを待つと、大きく顔をほころばせた。
「さらに喜ばしい報せを報告する! ここにおわすアカルディ王とベッラ女王の婚約を発表する!」
「おおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
会場から驚きのどよめき声があがったのを、ザクセン王は笑顔で制する。
「皆と同じように、我らも驚いている! ユーピテルの神は面白いことをなさる! オレも神の素晴らしい悪戯を待つことにしよう! 一人で寝るのは、もうたくさんだ!」
偉大な王の思わぬ発言に全員がやんやの喝采を送り、貴婦人たちは色めき立った。
「わたくし、ザクセン王の妃に立候補いたしますわ!」
「あら! わたくしだって!」
「負けませんことよ!」
ザクセン王はニヤリと笑うと貴婦人たちへ呼びかけた。
「オレだけじゃない、バラルディ公爵も神の悪戯を待っているぞ!」
全員がバラルディ公爵へ視線を向けると、公爵は太った顔を真っ赤にして怒鳴った。
「いらぬことを言うな! ワシは今、それどころじゃないんだ! おぼえておれ!」
叱られたザクセン王が肩をすくめながら、傍らにいるプランタジネット王と笑顔を交わした。プランタジネット王は大きく頷くと、美しい緑の瞳を煌めかせて一同を見渡した。
「私からも喜ばしい報せをご報告しよう! プランタジネット王弟子息のカール伯爵と、ザクセン王国のバラルディ公爵令嬢のコリンナ嬢との婚約をここにご報告する!」
満場を揺るがす拍手の中、カール伯爵とコリンナ公爵令嬢が腕を組んで進み出た。それを見た父親のバラルディ公爵は厳しい顔で二人を睨み、小声でブツブツと呟いている。
「ここがワシの胆力の見せ所だ! 今が勝負の時だ……! ワシの胆力を見せてやる!」
カール伯爵は照れくさそうに顔を赤くしていたが、コリンナ嬢に促されて口を開いた。
「……えっと、その……。幼馴染みのコリンナ嬢と幸せになります。えっと……どう言ったらいいのかな……。彼女と一緒になれたら、僕は幸せです。彼女がどうかは、わかりませんけど……」
コリンナ嬢はこれを聞くと呆れた顔をしてみせた。しかしすぐ花が咲くように笑うと、肘で伯爵を小突きながら伯爵の頬にキスをした。人前でキスなど前代未聞のことなので、一同は信じられない光景に息をのむ。コリンナ嬢は優しく伯爵を見つめると、皆のほうへ向き直った。
「わたくしの幸せは、カールの幸せです。わたくしがカールを幸せにします♡」
「よく言った!」
「素晴らしい!!」
「おめでとうございます!!」
「お二人に幸多からんことを!」
「心よりお祝い申し上げます!!」
「コリンナ様、カッコイイですわぁ~!」
苦虫を嚙み潰したような顔で一同の歓声を聞いていたバラルディ公爵は、これ以上一言も聞きたくないといった様子で耳を手で覆った。そして堅く目を閉じていたが…………、
大声をあげて泣き始めてしまった!!
公爵の異変に唖然とする一同。公爵は身も世も無いようすで泣いている。
「……ワアアア! コリンナ、幸せになるのだぞ! カールと仲良くなああああ!! ワアアアアン! 今日だけは泣かずにいたかったのだが……! 胆力が足りずに申し訳ない! ワアアアアン!!」
カール伯爵は泣き出した公爵を見てぽかんとしていたが、すぐに気を取り直すと義父へ駆け寄った。
「お義父さん! コリンナはどこへも行きません! お義父さんに、僕という家族が増えるだけです! 僕が……僕がお義父さんを幸せにしますから!」
「ワアアアン! ありがとう! カール、ありがとう!」
「お義父さん!」
抱き合って泣く二人を見て、コリンナ嬢も泣き笑いをしている。何事かと息を詰めて見守っていた貴人たちもほっとして、三人に心からの温かい拍手を贈った。
どうなることかと心配そうに見ていた新郎新婦も、安堵の笑みを浮かべた。全員に飲み物が配られると、二人は見つめ合ってニッコリ笑い祝いの盃を高々と上げた。
「「すべての人に幸いあれ! 天空神ユーピテルに幸いあれ!」」
一同が声を揃えて唱和した。
「新郎新婦に幸いあれ! 天空神ユーピテルに幸いあれ!!」




