いよいよ伝説のパーティーが始まる☆
見上げるように天井の高い大広間では、たくさんの人たちがテキパキと結婚披露宴の準備を進めている。 明るい日が差し込む広間を色とりどりの花で飾る者、磨き抜かれた銀のカトラリーや食器を決められた場所へ運び込む者、ホカホカと湯気の上がる数々の料理を何か所もある大きなテーブルへ置いてゆく者、ワインやエールの入った樽をゴロゴロ転がしてバーカウンターへ据える者、誰も彼も慣れたようすで働いているのは、マユの研修の賜物だ。執事長のセヴィが陣頭指揮を執っていると、金の狼停の店主であるガングが息子のルウを伴ってやってきた。
「ようセヴィ! 久しぶりだな!」
取り澄ました顔をしていたセヴィが破顔一笑する。
「ガング! ルウ! お元気ですか? ルウはずいぶんと大きくなって!」
「どうも……」ルウが金髪の頭を下げる。
セヴィは嬉しそうに目を細める。
「相変わらず美しいスミレ色の瞳ですね! 父親のガングとは似ても似つかない」
ガングが栗毛色の剛毛をガシガシかきながら大声をあげる。
「うるせぇよ! おめぇはずいぶんと変わったなぁ! 今じゃ城の執事さまだ!」
「わたくしは何も変わっていませんよ! お店の工事の進み具合はいかがですか?」
「おぅ! もうちょっとだぜ! 終わったらまた店が再開できる!」
「それは何よりです」
「でもなぁ、昔の生活が懐かしくなることもあるんだ! どうだセヴィ、また一緒に冒険へ出ないか?」
「ふふふ。考えておきますよ。けれども今日は勇者ではなくバーテンダーとして活躍してください」
「おぅ! まかせときな! マユに会うのも久しぶりだぜ! マユが城に行ってから、どんだけたつんだっけ?」
「今日で68日目になります」
「ガハハ! 相変わらず細かいな! それでマユはどこにいるんだ!?」
「ばいきんぐ料理の監督をなさっていますよ。マユ様のおかげでたくさんのお客様に対応できるので、助かっています」
「マユは賢さんだからなぁ! なぁ、ルウ坊!?」
「あぁ」
三人から噂されているとは夢にも思わず、マユは最後の仕上げに熱中していた。図面を見ながら大勢のシェフたちに指示を飛ばす。
「ローストビーフや焼き立てステーキのタルーマ山には、木に見立てたブロッコリーやアスパラ、葉物を飾ってください! 紅葉の部分にはカボチャやニンジンのグラッセを! ソースは惜しげなくたっぷりかけて! 小麦畑の部分には焼き立てパンを並べてください! 丸パン、バゲット、クロワッサンと色々な種類を交互に! バターとジャムはどこにありますか!?」
「ここにあります! 冷やして丸くしたバター、イチゴ、オレンジ、ブルーベリー、レモンバター、リンゴ、モモ、プラム、それに蜂蜜にメープルシロップもたくさん!」
「それらはお花畑の場所に器を並べてください!」
「ポテトフライが揚がりました! 塩は振ってあります!」
「お芋畑の部分に敷き詰めて! アツアツですからヤケドしないでくださいね! 川の部分には串焼きの川魚を! 海の部分には海の魚のカルパッチョを置いてください! 塩包み焼きはできましたか!?」
「バッチリです! アツアツのホクホクです!」
「ラムチョップにハンバーグにピザにスープ各種、ハムにウインナーチキンローストやひな鳥の丸焼きは!?」
「準備できてます!」
「決められた位置に置いてください!」
「できました!」
セヴィとガング、ルウが近寄ってきた。マユが嬉しそうに目を輝かせる。
「ガングさん、ルウも! お久しぶりです!」
「久しぶりだな! これはすげぇ! こりゃなんだ!?」
「立体模型です♪ ぜんぶ食べ物でできてます!」
「聖タルーマ山にプランタジネット、ザクセン、アカルディ、カベー! 山に川に海まであんのか!?」
「四ヶ国の平和を願って立体で地図を作ってみました♪」
「これが全部食べられるのか!?」
「食べられますよ! 熱いお料理の下には炭を置いて、冷たいお料理の下には氷を敷き詰めていますから、アツアツのヒヤヒヤです!」
「すげぇな! 見たこともねぇ料理だ!」
「デザートは別なんですよ! アイスクリーム、焼き立てパイ、ケーキにマカロン、クッキー、ブラマンジェ、ジェリーどのデザートも20種類ずつあります♪」
「アイスが20種類、パイも20種類……! 全部でどんだけあるんだ!?」
「わかりません♪ それにプリンもあります♪」
「ぷりん? 何だそれは?」
「ふふふ♪ 食べたらわかりますよ♪ ルウも食べてね!」
「あぁ」
「アカルディの王様からの美味しいお料理は、特別なので別に置いてあります♪」
「特別料理? なんだ?」
マユの目が泳ぐ。
「特別な食材の、特別なお料理です。すごく美味しいらしいですけど、わたしはちょっと……」
「なんだ? なんの料理だ?」
「ガングさんは食べたらわかりますよ! ルウにはちょっと早いかも!」
「なんだよ! 教えろよ!」
「食べたらわかりますって!」
「教えろってば!」
マユとガングが言い合いをしていると、後ろから歓声が上がった。繊細なレースのようなアイシング細工で飾られた、グランドピアノほどある四角いウェディングケーキが大理石の台座に載せられて、真っ白なシェフコートに身を包んだ屈強なシェフたちによって静々と運ばれてきた!
ガングは走り寄って完成をあげる。
「こりゃ、なんだ!?」
マユは最高のドヤ顔で答える。
「新郎新婦のお祝いのウェディングケーキです!」
「このどデカイのがケーキか!? それにしてもキレイだな! ルウ坊の目みたいな色だ!」
「スミレの花びらの色です! ……よね、セヴィさん?」
「ふふふ。今回は間違いありません。間違いなくスミレの色でございます」
シェフたちは決められた位置にケーキを慎重に置くと、少し離れた場所から見て満足そうに出来栄えを眺めた。
「カンペキだな!」
「そうだな!」
「まるで芸術品だよ!」
「俺たち、すげぇな!」
「オレたちは天才だからよ!」
互いに誉め合っているシェフたちにマユが労いの言葉をかける。
「皆さん、ありがとうございます! ウェディングケーキだけでなく、お料理もデザイートも最高です! きっと他の国の皆さんも生まれて初めて見るお料理に驚くだけでなく、美味しさに喜ばれると思います!」
シェフたちはマユの賛辞に顔を赤くする。
「いや、まぁ。マユ様がいろいろと教えてくださったんで……」
「見たことも聞いたこともない料理もたくさんあったし……」
「どれもマユ様のおかげで、美味しくできましたし……」
「マユ様のおかげですよ……」
「あの、マユ様、後でちょっとお話が……」
「お前、抜け駆けするなよ!」
「俺だってマユ様に言いたいことがあるんだ!」
「オイラだってあるぜ!」
「おめぇら引っ込んでろ! あのマユ様、この後どこかで会えますか?」
「ふざけんな! おれっちが先だ!」
「俺だ!」
「僕です!!」
いきなり始まったシェフたちの言い争いにマユはあわてる。
「皆さん、どうしたんですか!? どうしてケンカなんか!?」
セヴィやガングが言い争いを止めようとしていると、宴の開始を告げる鐘の音が高らかに響き渡った!!
「お話は後で聞かせてもらいます! 今は披露宴の成功に力を貸してください!」
マユの嘆願を聞いたシェフたちは横並びで一直線になると、一斉に礼をして厨房へ駆け戻っていった。




