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マユ、激怒する!

 マユが目を覚ましたのは水の中だった。


「ゴボッ!! ゲホゲホゲホゲホ!!」


 激しく咳き込みながら目を開けると、ぼんやりした視界に人の輪郭が見えた。また水に沈められるかもしれないと身体を固くしたマユは、強く肩を揺さぶられた。

「おい、どうした!? 何があったのだ!?」

 マユがうっすら目を開いても、男はなおも肩を揺さぶる。その背後から「消せ! 火を消すんだ!」という怒号と、たくさんの人たちがバタバタ走り回る音が聞こえる。どうやら礼拝堂の火を消しているらしい。


 マユは黒焦げになったドレスを着て、浅い池に浮かんでいる。男に揺さぶられガクガクしながらマユは声を絞り出した。

「うぇ? うぉ?」

「一体どうしたんだ!?」

「ちょ……やめ……」

「答えろ!! 答えろと言うに!!」 

 答えようにもガクガク揺さぶられて話ができない。

「やめてください!!」

「うわぁあああ!!」


 マユが渾身の力で振り払ったのはバラルディ公爵だった! 公爵は池に尻もちをついてびしょ濡れになっている。

「ゴホゴホゴホ! エルザさんは!? エンゾさんは!?」

「あそこには貴様一人だった! さては王族を呪って礼拝堂を燃やそうとしたのか!?」

「ちがいます! わたしは被害者です!」


バラルディ公爵は目に見えてガッカリした。

「なんだ王族が狙いではないのか。それは残念至極」

「えっ!?」

「いや、何でもない! 一体何があったのだ?」

「差出人不明の手紙で呼び出されたら、縛られて火をつけられて……」

「貴様にもう少し文句を言ってやろうとワシが礼拝堂へ戻ったから良かったものの、そうでなかったら焼け死ぬところだったぞ!」

「助けてもらったのは感謝します! でも文句は聞きたくないです! それよりサラが!」


池から立ち上がったマユは、水に濡れた重いドレスによろめいた。2,3歩ヨロヨロ歩こうとしたが、裾がからまって踏み出せない。彼女は大きく息を吸い込むと、一気にドレスの裾を持ち上げた!


「うわあああああ! 何をする!? ヒザが丸見えだぞ!」


こちらの世界で絶対に見せてはいけないヒザを隠すためバラルディ公爵が身を乗り出すのと、マユが足を踏み出したのは同時だった。顔面にヒザ蹴りがさく裂して、公爵は痛さに悶絶する。そんな公爵をものともせず、マユはドレスから盛大に水をたらしながら陸へ上がった。


「サラや王様たちが危ないんです!」

「おい! 待つのだ! おい!!」


 叫ぶ公爵の声を背に、マユのヒザを見てあんぐり口を開けた人たちを肩で突き飛ばして城へ向かった。走りながら大声をあげる。

「誰か! 誰かエルザさんを捕まえてぇ~!」

 声を張り上げながら疾走すると、城の者たちが三々五々に集まってきた。びしょ濡れでドレスをたくしあげて走り去るマユを見た者たちは、信じられないといった表情で後ろへ飛びのく。


「ひ、ひざが見えてた!!」

「なんてハレンチな!!」

「マユさま……!?」

「ウソだろ!? ヒザが!!」

「マユ様は一体どうしたんだ!?」

「ヒザを出すなんて!!」

「頭がおかしくなったのか!?」

「気が狂ったにちがいない!」


 必死で走っていると城が見えてきた。結婚のお祝いを言うために下級貴族たちが列をなしている。その列へ近づくと、遠くにエルザらしき女がチラリと見えた。女はドレスの裾に足を取られながら城に入る扉へ近づいたが、衛兵に行き先を阻まれている。女が衛兵に何か見せると男たちは弾かれたようにぱっと身を引いて剣を下ろし、敬礼して女を通した。女は石段を駆け上り扉を開けるとするりと城の中へ姿を消した。


「エルザさん! 待ちなさい!!」

 マユは並んでいる貴族たちの列に突っ込みながら声を張りあげた。

「どいてください! 道を開けて!!」

 衛兵たちが剣を交差してマユの行く手を阻む。しかしさすがにヒザは直視できないらしく、どの衛兵も精いっぱい顔を横へ背けている。


「お前は何者だ!?」

「なぜヒザを出している!?」

「今すぐヒザを隠すのだ!」

「猥褻物陳列罪だぞ!」

「捕まえろ!」

「ヒザを出して城内をウロつくとは!」

「とんでもないヤツだ!」

「手を放せ! ヒザを見せるな!」

 取り押さえようとする衛兵たちをマユは押しのけるが、多勢に無勢で押さえ込まれる。


「放して! どいてください!! 王様たちが危険なんです!」

「ウソをつくな! お前のような薄汚れた者が偉大な王を口にするな!」

「さっきエルザさんが通ったでしょう!? あの人が王様たちを狙っているんです!」

「バカを言うな! さっきの女性はちゃんとレティシア様の紋章が付いた指輪を持っていた!」

「バカなことを言うと、不敬罪で捕まえるぞ!」

「取り押さえろ!」

「こっちに来てくれ! 不審者だ!」

「とんでもないヤツだ!」

「とにかくヒザを隠せ!!」

 押さえ付けられ引っ張られ、マユのドレスがビリビリと音をたてて裂ける。


「だあああああ!! もおおおおお!!」

 怒り狂ったマユは身をよじると、ドレスから抜け出した! 身に着けているのは胸元を隠すビスチェと、下半身を隠すズロースだけである。ヒザどころか太ももも二の腕もあらわに出ている! マユが暮らしていたパンドラ(今の日本)でも、明らかにアウトな身なりだ。ましてやヒザが見えただけで大問題になるハルモニアでは、空前絶後の出来事である! 衛兵たちは目にレーザービームでも喰らったかのように両目を抑えて地面へ倒れ込んだ!


「うわああ! 脱皮したあああ!!」

「見えてる!! 見えてる!! 見えてる!!」

「なんてことするんだ!!」

「ぎゃあああああ!!」

「やめろおおおおおお!!!!!」



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