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マユ、震えあがる

 マユとエルザが木立の道を歩いてゆくと礼拝堂が見えてきた。そして礼拝堂の扉からザクセン王国のバラルディ公爵が出てきた。公爵は太った身体を揺らしながら、池のそばを通ってこちらへ歩いてくる。エルザは貴人が近づいてきたのですっと道の端に寄り、腰をかがめて頭を下げた。マユは一瞬逃げたそうな素振りを見せたが、ゴクリと唾を飲みこむと公爵の前へ進み出てお辞儀をした。公爵は不審げに見やったが、黒い瞳と髪の毛で相手がマユだと気づいたらしい。不機嫌そうに鼻を鳴らすと知らん顔で通り過ぎようとした。


「あの、バラルディ公爵様……」

 マユが顔を赤くして声をかけると、立ち止まった公爵は振り向きもせず言った。

「なんですかな?」

「……その節は……ありがとうございました」


 公爵は振り返ると、アゴの肉を揺らしながらマユを睨みつけた。

「なんのことですかな?」

「……わたしが婚約の儀で言い間違いを……とんでもない言い間違いをしたのを、公爵様がご自分の聞き違いだと……かばってくださって……」

「……ふん! あれはワシが聞き違えただけだ。わざわざ礼を言う事ではない」

「ですが……ありがとうございました!!」

「礼などいらん! それより我が王を見なかったか?」

「ザクセン王国の……王様でしょうか?」

「それ以外に誰がいるのだ?」

「……すみません……お見かけしていません」

「カール……王弟子息は?」

「……すみません……そちらも……」

「まったく! どいつもこいつもフラフラしおって!」


 偉大な王や王弟子息をどいつもこいつも呼ばわりする公爵に、マユは目を丸くする。公爵は怒ったようすでドスドス歩き出したが、また立ち止まると振り向いた。

「一つ言っておこう!」

「な、なんでしょうか?」

「いくら修繕中とはいえ貴国の聖石が安置してある礼拝堂に、他国のワシが入れるのをおかしいと思わないのか!?」

「えっ!?」

「貴重な聖石があるのに警備の兵さえおらぬ! この無防備さはいかがなものか!?」

「す、すみません……」

「もう少しお考えになっては如何いかがなものかと、プランタジネット王へお伝え願いたい!」

「は、はい! わかりました」

「まったく、どいつもこいつも!!」


 ドスドスと床を踏み鳴らして歩いてゆく公爵をマユは驚嘆の表情で見送った。エルザは頭を下げたまま微動だにせず立っている。やっと気を取り直したマユは声をかけた。

「えっと……エルザさん、お待たせしました」

 エルザは何事もなかったかのようにマユを先導して歩き始めた。

「今の方が査問会で、マユ様の言い間違いをかばってくださったバラルディ公爵様ですか?」

「そうです」

「そうですか」


 しばらく黙って歩いていたマユは、首を傾げた。

「どうしてエルザさんが査問会のことをご存じなのですか?」

前を歩いていたエルザの肩がピクリと上がった。

「……さぁ……誰かに聞いたと思うのですけれど、誰から聞いたのか思い出せません……」

「そうですか」


 二人は白鳥が泳ぐ池のそばを通り過ぎると礼拝堂の石段を登った。エルザは大きな扉を少しだけ開いてマユを促す。

「どうぞお入りください」


 窓から射しこむ朝日の中で、マユは礼拝堂の内部を見渡した。祭壇だけは天井が崩落した前と変わりなく、聖石が安置されて神々しい光を発してているが、その他はどこもかしこも一変している。天井で躍動していた偉大な神々の彫刻は姿を消し、プラチナ製の巨大なシャンデリアは礼拝堂の隅に転がっている。床には作業用の道具や資材があちこちに置かれ、以前の荘厳な雰囲気は微塵のかけらもない。天井の彫刻に隠されて前は見えなかった幾本もの太いはりが剥きだしで見え、その上方には暗闇が広がっている。縦横無尽に張り巡らされた梁にはベタベタと何十枚もの札が貼られていた。

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