誓いのキス♡
重厚なパイプオルガンの音が大聖堂の天井に響き、場内が暗くなった。全員が正面扉を注視する。四つの国の紋章が彫られた扉が左右へ開くと、そこには王錫を持ち雪のように白いドレスを着たレティシア王女と、威厳に満ち溢れたプランタジネット王が暗闇で光を発するように立っていた。煌めく聖石のティアラを頭に戴いた王女の顔は、真っ白なヴェールで覆われて表情はうかがえないが、愛する人と結ばれる喜びで全身から喜びを発している。偉大なる王は聖石の据えられた王錫を右手に持ち、左手には愛しい王女のほっそりとした手が添えられている。腕を組んで寄り添う二人は一歩、また一歩と祭壇へ向かって進み始めた。王女のティアラと王錫は眩しく煌めき、その後ろには霞のように長いヴェールがたなびいている。可憐な花嫁と堂々たる父王を見た一同は、二人のようすに魅了され言葉を失った。
カベー王国のベッラ女王は赤い瞳で射るように二人を見つめている。
(我が国の繁栄のために、あたくしは是が非でも、あのプランタジネット王の妃にならなければ! どんな汚い方法を使っても!)
青白かったアカルディ王の顔には興奮で紅が差している。
(今日が最後のチャンスだ! けして失敗は許されない! 失敗すれば死あるのみ!)
ザクセン王国のバラルディ公爵はたるんだ瞼の下から険しい目つきで王を睨む。
(あの王さえいなくなれば、愛しい娘は王妃になる! プランタジネット王さえいなければ!)
それぞれの思惑をよそに花嫁と父王は祭壇へ進む。祭壇の前ではアンドレア王子が愛しい花嫁と結ばれる喜びに満ちた表情でレティシアの到着を待っている。
エバンズ枢機卿は胸元のロザリオに手をやると重々しく口を開いた。
「花嫁は王錫を花婿へ」
レティシア王女は名残り惜しそうに父王を見上げた。王は慈愛に満ちた眼差しでうなずき、組んでいた愛しい娘の手をそっと放すと後ろへさがった。
歓喜に輝くアンドレア王子が王女の前に進み出て跪き頭を下げる。レティシア王女は王錫で王子の両肩に触れると、王子の前へ差しだした。王子は両の手で王錫を受け取ると、すっくと立ちあがった。
枢機卿が二人に問いかける。
「汝、アンドレアはレティシアの僕となることを誓うか」
「誓います」
「汝、レティシアはアンドレアの僕となることを誓うか」
「誓います」
「天空神ユーピテルの名に置いて、ここに二人の婚姻を認める。誓いのキスを」
皇太子は震える手でヴェールを引き上げた。皇太子妃の黒い瞳は喜びに満ちて輝いている。二人は見つめ合うとかすかに微笑み、レティシアは静かに目を閉じた。二人は互いに手を取り合い、そして永遠の愛を誓って唇を重ねた。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
枢機卿が小さな咳をした。
「…………コホン」
二人は動かない。
「…………コホン……もうそろそろ……」
二人は動かない。
「…………誓いのキスが長いです…………」
二人はそれでも動かない。
「…………どうぞ続きは後で…………」
やっと顔を離した新郎新婦は、互いを見つめ合って最高の笑顔を見せた。
枢機卿もにっこり笑うと晴れやかな声を響かせた。
「天空神ユーピテルに幸いあれ!! 新郎新婦に幸いあれ!!」
全員が声を合わせて唱和した。
「天空神ユーピテルに幸いあれ!! お二人に幸いあれ!!」




