天空神ユーピテルに幸あれ!
ベール超しに見えるレティシアは一瞬泣きそうな顔になったがすぐに笑顔を浮かべた。
「花嫁になっても皇太子妃になっても、わたくしはいつまでもお父様の娘です。大好きなお父様の娘です♡」
「……レティシア!!」
「わああ! 王様! 抱きつくのはやめてください! 泣くのもやめてください! ベールがズレます! 涙で濡れます!!」
王女に抱きつこうとする王をあわてて制止するマユと侍女たち。王はがっくり肩を下げてうなだれていたが、ふたたび顔を上げた時は国家君主の堂々とした顔を取り戻していた。
「さあ行こう! レティシアの輝かしい未来と両国の繁栄のために! 天空神ユーピテルに幸あれ! そして我が最愛のレティシアに幸あれ!」
一同は声を合わせた。
「天空神ユーピテルに幸あれ! レティシア様に幸あれ!!」
夜明け前。
ユーピテル山に静かな帳が下りていた。暗闇の木立を抜けると大聖堂から漏れる明かりが遠くに見える。昼間に見上げれば天まで届きそうな高い塔の先端が見えるのだが、今は暗い星空に溶け込んでいて見えない。大聖堂の周辺では大勢の近衛兵が警備にあたっている。花嫁であるレティシア王女や王族を護るプランタジネット王国の近衛兵たちは翡翠色の軍服を着て右手に持った剣を天へ向けている。花婿であるアンドレア王子のザクセン王国の兵たちは紺碧の軍服を着て、左手に持つ弓をいつでも使えるよう肩へ乗せている。プランタジネットとザクセンほど人数は多くないが、黒色の軍服をまとったアカルディ王国の兵や、茜色のカベー王国の兵も腰に剣を差して周囲の警備にあたっている。
大聖堂の正面にある巨大な扉から中へ入ると、優美なアーチ曲線を描いた漆喰塗りの高い天井から幾つものシャンデリアが煌めいていて昼間のようだ。日中であれば天井まである窓から青々とした美しい木立が見えるが、いまは暗闇に包まれている。壁際には見上げるほど大きな大理石造りの神々が等間隔に並び、はるか上方から人々を見下ろしている。
圧巻は祭壇正面に祀られたダイヤモンドの天空神ユーピテル像だ。足元にひれ伏す悪魔ユディアボルスを逞しい足で踏みつけ、手に持った槍で突き刺そうとしている。その厳しい顔も嵐に吹かれる髪の毛も、風をはらんで膨らむ着衣もすべてダイヤモンドでできている。その姿はシャンデリアや祭壇の蝋燭の光を反射して、ありとあらゆる色を発していた。
偉大なる天空神ユーピテルの前には各国の王族や貴族たちがひしめいている。花嫁の親族席には美麗三王子が控えていた。各国の貴人たちは麗しい三人の王子たちを見て溜め息をつく。
「プランタジネットの美麗三王子様たち……なんて素敵なこと……!」
「御三方とも負けず劣らず魅力的で……!」
「アレックス様は黄金のようにキラキラして……」
「オスカー様はとても逞しくて……」
「ノエル様の可愛らしさといったらもう……!」
「どなたかとお付き合い願えるとしたら、あなたはどなたになさいまして?」
「そんな! 選べませんわ! どの方もそれぞれに素晴らしいのですもの!」
「アレックス様はいかが?」
「あんなに美しい方とお付き合いなんて、恐れ多くてできませんわ!」
「オスカー様の逞しい腕に抱きしめられたら?」
「きゃああああ♡ きっとわたくし、気絶してしまいます!」
「ノエル様は?」
「まだお小さくていらっしゃいますから、早すぎましてよ」
「そうですの? わたくしはアリですわ!」
「えっ!?」
「え? いけませんか?」
「いえ……でも……もう少し大きくなられてからのほうが……」
「きっと素敵におなりでしょうね♡」
「今から楽しみですわ♡」




