最愛の娘の旅立ち
踵を返して医師を呼びにいこうとしたマユのドレスを王が掴んで引っ張ったので、マユの足がぐねって顔面から床へ倒れこんだ。
「痛い!!」
顔と足を痛めたマユが声をあげたが、一同は異様なようすの王に気を取られて身動きできない。
「うううぅ……」
低いうめき声を漏らしながら顔を上げた王の両目は涙に濡れて、後からあとから涙が溢れている。王は王女を見つめたまま、声を絞りだした。偉大な王が泣いている! 一同は驚愕して声をのんだ。
「うううぅ……(涙)。レティシア……! 私の可愛いレティシア……! なんて綺麗なんだ……!! うううぅ……。」
「えっと王様……、ご気分がわるいとかではなくて……もしかして、感動してます?」
王は床に倒れたマユの問いかけに気づいたようすもなく、小さな声でつぶやく。
「なんという……なんという美しさだ……! 小さくて可愛かったあのレティシアが、こんなに立派になって……(涙)。」
ヨロヨロと立ち上がった王は信じられないという表情で王女に近づく。王女は花が咲くようににっこり微笑むと、父へ手を差しだした。愛娘のほっそりとした手を握りながら王は涙を流す。
「そなたの母に……一目見せてやりたかった……。今日のそなたを見たら、どんなに喜ぶことか……」
レティシアも真珠のような涙をこぼす。
「本当に……。お母様にもご覧になってほしかったですわ……」
すると王が飛び上がって倒れているマユを抱き起し、王女のほうへ押し出した!
「マユ! アユに代わってレティシアを見るんだ!」
「えええ~!?」
「ガン見しろ! そしてアユになってレティシアに言葉をかけろ!」
「ムリです!」
「無理じゃない! 気合でアユを憑依させろ! アユをここへ降ろせ!」
「わたしはイタコじゃないし、魔女でもないです!」
「うううぅ……! アユに……我が妻に見せてやりたかった……!!」
レティシアはハンカチを取り出すと、優しく父の涙を拭いた。
「きっとお母様も空の上からご覧になってくださっていますわ。さあお父様、泣かないで」
「うううぅ……。レティシア、嫁になんて行かないでくれ! ずっと私の側にいてくれ!」
「心はいつでもお父様の側にいますわ」
「うううぅ……。いつでも帰ってくるがいい。そうだ! 結婚の儀が終わったら、そのまま離婚して帰ってこないか!?」
思わずマユがつぶやく。「離婚なんて縁起が悪すぎでは?」
レティシアは王の不吉な言葉に動じたようすもなく優しく笑う。
「うふふ♪ お父様、離婚はちょっと早すぎますわ♪」
「いつでも帰ってきていいのだぞ! いつでもだ!」
「わかりました♪ お父さまに会いたくなったら、すぐに帰ってきますわ♪」
縁起でもないことを言い出した王を見てどん引きしている一同を代表してマユが声をかけた。
「王様……、そろそろレティシアさんに、ティアラをセットしてもらいたいのですが……」
マユがサラに目で合図すると、サラが宝石箱をしっかり抱きかかえて進み出た。王は震える手で涙をぬぐって宝石箱を開けると、この日のためにタルーマ山の聖石で作られたティアラを取り出した。夜明け前の薄暗い部屋に太陽が現れたかのように光を発するダイヤモンドを見て、一同は感嘆の声を漏らす。
王は煌めくティアラを両手で持つと、緑色の瞳をうるませた。
「我が娘……愛しいレティシア。花嫁になる前に……最後のキスをしておくれ。私の可愛い、可愛い……かわいい……愛するレティシア……」
王女は小さくうなずくと、差し出された父の頬へキスをした。王は泣くのを我慢するかのようにぎゅっと瞼を閉じる。それから息を吐きだして静かに目を開けると、慈愛に満ちた表情で煌めくティアラを愛娘の美しい黒髪へそっと挿し、この瞬間を目に焼きつけるため彼女の顔を見つめたまま、霞のようなベールを静かに引き下ろした。




