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マユの立場は悪くなるばかり……。

 王から殺人未遂の嫌疑をかけられたアレックスは顔色を変える。


「私が父上を殺害っ!? 冗談はやめてください!」

 王はニヤニヤしながらオスカーのほうを向く。

「それならオスカーの仕業しわざか? そうなると私と兄のアレックスも殺害しないとオスカーは王になれぬが。ww」

 オスカーは真っ赤な顔で赤毛の頭をブンブン振って否定する。

「おや? すると小さなノエルが犯人か? 父も兄たちも殺すのは、随分と手間がかかるぞ?ww」

 ノエルは食べていたサラダをコクンと飲み込むと、金髪を揺らして可愛く首をかしげた。

「おとうさまやおにいさまをいないようにしたら、マユとボクはけっこんできるの? それならおとうさまとおにいさまたちに、いなくなってもらおうかな?」

「ノエル……! なんて恐ろしい子!」

 驚愕する一同をよそに、ノエルは天使の笑顔でサラダを食べるのだった。


 その後も厄災は続いた。

 王が城内を歩いていると上から鉢植えが落ちてきたり、アレックスが馬に乗っていると馬が暴れたり、剣の練習をしていたオスカーの剣が折れたり、池で舟遊びをしていたノエルの舟に穴が空いていたり……。そしてそのどれも、事件が起きる直前に現場でマユの姿が目撃されていた。マユは偶然そこに居合わせただけだと反論したが、城の者たちはマユが悪い魔法で王たちの命を狙っていると互いに言い合っては王や王子の身を案じるのであった。


 ある日の夜半過ぎ。

 王の寝室から火の手が上がった。開いた窓から火が投げ込まれたらしい。窓から立ち昇る炎と煙で周囲は騒然となった。幸い王は執務室にいたので怪我はなく、寝室の火は早いうちに消し止められた。窓の下へ集まってきた城の者たちの中に火が出る直前マユを見たという者がおり、その場は大騒ぎになった。皆が寝巻姿でマユの行方を詮索していると、あわてた様子の当人がドレスの裾を蹴飛ばしながら駆け込んできた。

「どうしたんですか!? 何があったんです!?」


 城の者たちはマユを見ると黙りこんだ。誰も答える者はおらず、不信感をあらわにした顔でマユを睨みつける。

「皆さん……どうしたんですか?」

 一同を代表してひざの見える長シャツ姿でナイトキャップをかぶったエバンズ枢機卿が進み出るとよく通る声で答えた。

「王様の寝室へ火が投げ込まれたのです」

「王様はっ!?」

「執務室にいらっしゃったそうで、ご無事です」

「良かった!」


 枢機卿はドレス姿のマユをジロジロ見つめる。

「こんな夜遅くにマユ様はなぜドレスを着ているのです?」

「……ちょっと出かけていて……」

「どちらへ?」

「……ちょっと……」

「火が出る直前、ここをお通りになりましたかな?」

「……ええ。通りました」


 城の者たちはマユをにらみつけたままヒソヒソ囁く。

「マユ様が火を投げ込んだ?」

「そうに決まってるよ!」

「王様からあんなに良くしてもらってるのに、よくもそんなひどいことを!」

「恩知らずもはなはだしい!」

 ヒソヒソと囁かれる声にマユは呆然としていたが黒髪を揺らして抗議する。

「わたしはなんにもしてません!」


 疑わし気な顔で枢機卿が質問する。

「それならどこへ行ってなにをしていたのですか?」

「……言いたくありません」


 周囲の不満げな声が聞こえてくる。

「いったいこんな夜中にどこへ行ってたんだ?」

「男とイチャイチャしに行ってたんじゃないか?」

「それとも呪いの儀式……!?」

「やっぱり魔女というウワサは……」

「王様の部屋に火をつけたのはマユ様……?」

「そうじゃなけりゃ正直に言うだろうよ!」


 小声で言い合う者たちを背にして、枢機卿がマユのほうへ踏み出した。

「マユ様、こんな時間にどこへ行って何をしていらしたのですか?」

「……ちょっと用が……」

「きちんと説明してくださらないと、おかしなウワサは広がるばかりですぞ!」

「……言いたくないです」

「それではマユ様が付け火の犯人という疑いは晴らせませんぞ!」

「でも……!」


 マユへ詰め寄る枢機卿の前に、オレンジ色の髪の毛を振りたてた寝巻姿のサラが割って入った。

「マユは犯人なんかじゃない!」

 枢機卿は目を細めてサラを睨む。

「あなたはたしか、マユ様のメイドですね?」

「そうだよ!」

 小さな身体を精一杯大きく見せようとふんぞり返ったサラを見下ろす枢機卿。

「あなたはマユ様と一緒にいたのですか?」

 サラは鼻を鳴らす。

「フン! マユは夜中にあたしを働かせたりしないよ! あたしは部屋でぐっすり寝てたさ!」

「それならマユ様が犯人でないと証明できませんね」

「バカ言ってんじゃないよ! マユは犯人なんかじゃないったら!」

 今にも殴り掛からんばかりのサラにマユが抱きつく。


「サラやめて!」

「コイツに言ってやりなよ! どこで何をしてたか! そうすりゃマユが犯人じゃないってコイツも納得するよ!」

「ウソはつきたくないから言いたくないの!」

「言わなきゃ犯人扱いされるよ!」


「やめなさい!!」

 揉み合う二人を引き離したのはアレックスだった。背後には厳しい顔をした王が立っている。二人とも深夜まで仕事をしていたようで平服のままだ。

「王様、ご無事でいらっしゃいますか!?」

 枢機卿は問いかけた後で自分の寝巻姿に気づいてあわてて長シャツの裾を引っ張った。

「私は無事だ。ここで何をしている?」

 枢機卿は一瞬迷っているようすを見せたが、息を吸いこんで口を開いた。

「こんな夜中にマユ様はどこかへ行っていらしたそうです。城の者たちを安心させるために、どこで何をなさっていたのか聞いておりました!」


 王はマユのほうを見る。

「マユはどこで何をしていたのだ?」

「……ウソはつきたくないので、言いたくありません」

 顔を真っ赤にした枢機卿が詰め寄る。

「言わねば魔女という噂が本当だと思われますよ!」

「でも……!」

「もしかして付け火の犯人はマユ様では!?」

「ちがいます!!」

「けれどアリバイが無いのでしょう!? 疑われても仕方ありませんよ!?」


「黙れ」


 静かだが威厳のある王の声音に枢機卿は口を閉ざした。

「私は無事だ。マユが言いたくないのであれば、言う必要はない」

「しかし……!」

 枢機卿は反論しようとしたが、王の厳しい表情を見て言葉を飲みこんだ。

「マユは付け火の犯人ではないし、私は無事だ。いらぬ流言飛語で国を惑わす者は、ただでは済まさぬ」

「…………」


 王はそっとマユの手を取ると、不満げな城の者たちを置き去りにして静かにその場を離れた。


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