マユ、ブライズメイドになる。
破壊された礼拝堂からマユが這う這うの体で部屋に戻ると、大きな薔薇の花束を抱えたサラと、先ほど話題にのぼった乳母のバーサが話をしていた。
サラがかぐわしい薔薇の香りを振りまきながらマユに走り寄る。
「マユ、大丈夫っ!? たいへんだったね!」
オレンジ色の瞳で心配そうにのぞきこむサラ。バーサは後ろから太った身体を揺らしながら近寄ってきた。
「たったいまサラ嬢から聞きました。礼拝堂のシャンデリアと天井が落ちてきたのですって!? 皆さまご無事で良かった!」
「誰もケガしなかったのは良かったんですが、礼拝堂の修理に時間がかかるそうです」
「あらまあ! 大変!」
「ですから結婚の儀は他の場所で、でも婚約発表は予定どおりレティシアさんの披露宴の席でと、バーサさんからご主人に……」
言いながらマユはしまったという顔をした。
(いくら急ぎとは言え、私が口を出すことじゃなかった!)
マユの顔を見たバーサは意味を察したらしく、安心させるように笑顔を見せる。
「変更は早いうちに知ったほうがいいですからね! 助かります! すぐ夫へ伝えますよ! それよりどなたもおケガがなくて何よりでした」
何の話かわからないサラが首をかしげる。
「婚約? 結婚? マユ、結婚するの?」
「ままま、まさか!」
真っ赤になったマユを見て、カン違いしたサラは詰め寄る。
「やっと誰にするか決めたの!? だれっ!? 誰にしたのっ!? 教えて!」
「誰とも結婚しません!」
「あたしには教えてよ!」
「しませんってば!」
「ウソつかないで! ちゃんと教えて!」
マユに詰め寄るサラをバーサが取りなす。
「まだ未公表ですから言えないのよ。さっさとその薔薇を花瓶へ活けなさい」
マユの結婚話だとカン違いしたままのサラはジト目でにらむ。マユは話を変えようと必死だ。
「そそそ、その薔薇は? どうしたの?」
とたんにサラは自慢そうに小鼻を膨らませると、真っ赤な薔薇の花束をマユへ差しだした。甘い香りが辺りに漂う。
「エンゾがくれたんだ! 礼拝堂が壊れたショックでマユが驚いてるだろうから、マユへ渡してくれって」
マユが花束を受け取ると、薔薇の香りがマユを包んだ。花へ顔を寄せると、さらに香気が強くなる。
「エンゾさんは、もう礼拝堂の話を知ってるの? 早いわね」
「うん。みんなで礼拝堂の近くでバラの手入れをしてたんだって。スゴイ音がしたって言ってた!」
「だから花を持ってきてくれたのんだ」
「えへへ♪ そう♡ エンゾが育てた薔薇だよ♪」
「ありがと。彼氏さんにお礼を言っておいて」
「わかった♪」
それから数日後。
礼拝堂が故意に破壊されたという噂は、あっという間に城内で広まった。そして案の定、マユが犯人だという話がまことしやかに囁かれるようになった。中にはマユが礼拝堂を破壊するため、犯行前夜に礼拝堂を出入りする姿を見たという者まであらわれて、マユの立場は前よりもっと悪くなってしまった。
噂の中心人物であるマユは書き物机の前で憂鬱な顔をして座っていた。目の前には書きかけたまま放置されたサクラ色の紙が何枚も散らばっている。机から視線を上げると、あたたかい日射しの入る窓から庭園の木立の向こうに巨大な大理石像が見えた。陽光を反射しながら自信に満ちた表情で立っている白い神像をマユがぼーっと眺めていると、ドアの開く音がした。サラがオレンジ色の髪を揺らしながら足取りも軽く部屋へ入ってくる。マユはあわててサクラ色の紙を集めると、引き出しへ突っ込んだ。
サラは人ほどもある大きな箱を抱えていた。箱の向こうから弾んだ声がする。
「マユ! また王様からの贈り物だよ! 豪華で大きな箱! なにが入ってんのかな!? 開けてみて!」
マユは椅子に座ったまま気乗りしないようすで答える。
「また何かくださったの? もうたくさん頂いてるのに。サラが開けて」
「ダメだよ! これはプレゼントなんだからマユが開けないと!」
「はいはい」
重い腰をあげて大きな箱の前に立つ。艶やかな手触りの赤いリボンをほどいて箱を開けると、繊細なレースが幾重にも重なった、ため息の出るような美しい純白のドレスが出てきた。
霞を縫い合わせたような豪奢なドレスを見て、サラはオレンジ色の目を丸くする。
「すごい! マユのウェディングドレス!?」
「ちがうわよ!」
美しいドレスに添えられたカードには王の筆跡があった。
「レティシアのブライズメイド(花嫁の付添人)へ。次は私の花嫁としてウェディングドレスを贈りたい♡」
愛するアンドレア王子と結婚できるのはマユのおかげだと主張するレティシアから、結婚の儀のブライズメイドを頼まれているのだ。王が贈ってくれたのは、ブライズメイドとして結婚の儀で着るドレスだった。
「さりげなくプロポーズされてしまった……」
マユはため息をついてカードを閉じた。




