王族渾身の礼拝堂!
月下美人が咲いた翌日。
朝食の後にマユや王たちは城の敷地内にある礼拝堂へ向かった。朝露のおりた天鵞絨のような芝生を踏みしめると、青々とした香りが立ち昇る。乳白色の大理石で作られた巨大な神々の像が朝の光を浴びて神々しくそびえ立ち、そこここで咲き乱れる色とりどりの花々は、新しい一日を祝福するかのように甘い香りを放っている。
「礼拝堂へ行くのは今日が二回目……。久しぶりです」
マユがつぶやくとアレックスは朝日に輝く金髪を揺らし、マユの右手を優しく握って思わせぶりにニッコリ笑った。
「レティシアの身代わりになってもらった日以来ですね。私とマユが出会ったのが50日前ですから、マユが礼拝堂へ行くのは49日ぶりです」
「よくおぼえていますね……」
「あなたと出会えたことは私の人生で最も喜ばしい奇跡ですから。次にマユが礼拝堂へ行くのは、私と結婚する時ですよ。別に今日でも構いません。私の妻になってくださいますか?」
「そういうことをサラッと言うところが怖いです……」
王がマユの左手を取って自分の腕にからませる。
「この道で私がマユに求婚したのをおぼえているだろう? まだ返事を聞いていないのだが? もちろんイエスだとわかっているが、そなたの口から聞かせてほしい」
マユは王の腕から左手を離し、アレックスの手から右手を引っこ抜くと顔を真っ赤にして言った。
「私は誰とも結婚しません! 二人ともそうやって私の反応を見て楽しんでるんでしょう!?」
小さなノエルがアレックスを押しのけてマユの右手を握り顔を見上げる。
「おとうさまも、おにいさまもやめて! マユはボクとけっこんするの! 50日もたったんだからボクずいぶん大人になったよ! もうすぐマユより大きくなるから、もうちょっとだよ!」
マユの背中にオスカーの視線が刺さる。おそらくオスカーもマユの争奪戦に参加したいが十代の繊細さで参戦できず、切ない目つきでマユを見ているのだろう。
白鳥の泳ぐ美しい池のほとりを通り過ぎると礼拝堂が見えてきた。荘厳な石造りの礼拝堂を背に、緋色のローブをまとったエバンズ枢機卿が一行を出迎えた。枢機卿は王や王子たちに敬意を表して深々と頭を下げたが、マユを見てかすかに顔をこわばらせた。
「……今日はマユ様もご一緒ですかな?」
枢機卿の問いに王はゆっくりと頷く。
「そうだ。マユ嬢は我らの偉大なる神ユーピテル神に敬意を表したいと言ってくださった」
枢機卿は神の名を聞くと反射的に聖石でできたダイヤモンドのロザリオへ手をやり、決まり文句を唱えた。
「天空神ユーピテルに幸いあれ」
王や王子たちが復唱するのに合わせて、マユもあわてて声を出す。
「天空神ユーピテルに幸いあれ」
枢機卿は優雅にローブをひるがえすと一行を案内するべく礼拝堂へ足を踏み入れた。
「いかなる方であれ偉大なるユーピテル神を敬う方は歓迎します。どうぞこちらへ」
木製ベンチの間を歩きながら、マユは枢機卿に聞こえないよう小声でアレックスにささやく。
「いかなる方であれって、そこはかとなく歓迎されてない気がするんだけど……」
薄暗がりの中でも太陽のように輝く金髪を揺らしてアレックスは微笑む。
「色々な噂が飛び交っていますからね。時間が解決してくれるのを待ちましょう」
今日も祭壇には赤子の頭ほどもある巨大なダイヤモンドが光り輝いていた。マユがレティシアの身代わりになった夜明け前の儀式では蝋燭の光を反射して透明に輝いていたダイヤが、今日は天井まである大きな窓に嵌められたステンドグラスから差し込む朝日を反射して七色の光を発している。
「相変わらずすごいですね……。キラキラしてまぶしい……」
じっと巨大なダイヤを見つめていたマユは、ダイヤから視線を外してキョロキョロする。
「婚約の儀のときは余裕がなくて気づきませんでしたが、ダイヤだけでなく礼拝堂もずいぶんと豪華……」
王は自慢げに肩をそびやかす。
「我々王族は神の末裔なのだ。その証拠に特別な力を持っている」
「特別な力? なんですか?」
「ゴホゴホ! それはまたの機会に……」
不思議そうに見上げるマユの視線を避けて王が言葉を続ける。
「神を崇めることは祖先を奉ることと同義。ゆえに代々の王が神への敬意を表するため力を注いできた。その歴史の一つがこの礼拝堂だ」
マユはさまざまな色で描かれた幾何学模様の大きな窓を見上げる。
「ステンドグラスも素晴らしいですけど、もしかして窓枠は金箔ですか? 絵の額に金箔ならたまに見ますけど、窓枠に金箔ってすごいですね……」
王はご機嫌な顔で答える。
「はっ! 我が一族は金箔などというケチくさいことはしない。あれらはすべて金でできている」
「げ! 窓枠が金!! 全部ですか!? 全部の窓の全部が金!?」
「当然だ!」
「じゃああの大きなシャンデリアは銀製!?」
「銀だと磨かないと変色するだろう? 高い場所にあるので磨くのは困難だ。あれは先々代の王が寄進したプラチナのシャンデリアだ」
「プラチナ!? 小さな指輪でもバカみたいに高価なのに、シャンデリア全部がプラチナ!? 意味がわからない……!」
「素材だけではない。技術も一流の逸品ばかりだ。天井に神々の彫刻が見えるだろう?」
高い天井には緻密な彫刻を施された神々が何十人と躍動している。シャンデリアの光が届かない薄暗がりの中で雷雲に乗った神や海を割る神が天地を創造する場面が生きいきと立体的に描かれている。
「あれは大理石ですか? 風に吹かれる髪の毛まで再現して素晴らしいですね。あれは魚を獲る……網? 網まで大理石って……それになんだか神様たちが内側からぼうっと光ってるような……」
「大理石に真珠を砕いた粉を塗っているからだ。大理石であのような質感は出せん」
「げ。真珠……!」
「あれらの神々は名工の一族が5代にわたって彫った逸品だ。一族の子はあれを見て育ち、祖父や父が彫る手伝いをして大人になると自分で彫った」
「それを5代も続けたのですか?」
「そうだ」
「5代も……。生まれてから死ぬまでこの仕事しかしてないんですよね? なんか、こわいんですけど……」
「そうか? 天井の彫刻は完成したが、その一族はまだ城にいるぞ」
「今はなにをしてるんですか?」
「ここへ来るまでに神々の彫像がたくさんあっただろう?」
「えぇ。神様が馬に乗ったり、背中から羽をはやして決めポーズしてましたね」
「あの神々を彫っているのは6代目と7代目だ。ついこの間8代目が生まれたばかりだが、その子もゆくゆくは彫刻師になるだろう」
「でも職業選択の自由はあるんでしょう? その子が望むなら、他の仕事につくことはできる?」
「もちろんだ。しかしおしゃぶりと彫刻刀を見せると、彫刻刀を欲しがるらしい。そして彫刻刀を口にくわえてご満悦な顔をしているらしいぞ」
「彫刻刀がおしゃぶり代わり……。口が切れませんかね……」




