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マユは異世界でも取材をしたいらしい……。

 セヴィはいなくなってしまった。


 セヴィの部下たちは顔色一つ変えず、何事もなかったようにテーブルの上をきれいに片付け、すぐに湯気のたつスコーンや色とりどりのクッキーを配り、新しいカップに熱い紅茶を淹れた。お茶会は重苦しい空気に包まれ、マユは一言も発することなく最後までうつむいたままだった。


 貴族たちはそそくさとお茶を飲み終えると、ヒソヒソと小声で話しながら議会へ戻っていった。貴族たちと議場へ向かう王と王子の心配そうな視線を避けてマユは自分の部屋へ向かう。うつむいて回廊を歩き、部屋へ入りドアを後ろ手に閉めた。ガマンしていた涙がこぼれ落ちそうになった瞬間、後ろのドアが勢いよく開き押されたマユは絨毯の上に倒れ伏した。侍女のサラがオレンジの瞳をキラキラさせながら倒れたマユに抱きつく。


「マユ聞いて! エンゾから付き合ってほしいって言われたんだ! あたしなんてムリだと思ってたのに!」

 絨毯に顔を埋めたマユはくぐもった声で答える。

「……そう。良かったね……。『あたしなんて』なんて言っちゃダメよ。サラは素敵なんだから……。それに比べて私は…………。彼もいないし、毒殺を疑われるし……。うわああああああん!!」

「マユ、どうしたの!? なんで泣くの!?」


 気まずいお茶会の翌日、王の執務室でリチャード王は厳しい顔をして座っていた。王のかたわらには王と同じように厳しい顔をしたアレックス王子が立っていて、机の前には無表情なセヴィが立っている。

 厳しい顔だが王の口調には心配しているようすが滲んでいる。


「セヴィ、昨日の今日だ。まだ休んでおけ」

「大丈夫でございます。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

 頭を下げるセヴィに、アレックスが問いかける。

「毒の症状は出ましたか? 唇や舌のしびれ、手足のしびれ、腹痛、下痢、不整脈、血圧低下……」

「一通りございました。しかし、どれも大した症状ではありません。トリカブトの毒を大量に摂取した場合に出る痙攣や呼吸不全はございませんでした」


 王はほっとしてため息をつく。

「セヴィのおかげで惨事はまぬがれた。しかしお前は大事な家族だ。二度とあんなことはしてくれるな」

「父上の言うとおりです。ご自身を大切にしてください」

「身に余るお言葉、もったいない限りでございます」

 セヴィは深々と頭を下げる。


「セヴィのためにも必ず犯人を捕らえなくては……。もちろんマユのためにも」

 ギリギリと歯噛みをする王の横でアレックスが首をひねる。

「あれから薬師に毒入りケーキを調べさせました。やはりトリカブトの毒が混入していたそうです。しかしおかしなことが……」

「なんだ?」

「ケーキに入っていた毒が致死量ではなかったのです。オスカーやノエルのケーキも同様でした。父上や私たち王子を亡き者にするのが目的だとしたら、もし我々がケーキを食べても計画は失敗に終わったでしょう。議会をストップさせるのが目的だったのかもしれませんが、セヴィは一晩で回復していますから、議会をジャマしようとした線も考えにくい。犯人はいったい何を目的に毒を盛ったのか……」


 三人は天井をあおいで、それぞれの思いを巡らせるのであった。


 一週間後。

 その後は不穏なトラブルもなく、平和な生活が戻ってきた。ケーキに毒を混入した犯人は捕まらなかったものの、致死量でなかったことからタチの悪いイタズラだったのではないかという見方が有力になっていた。王たちの手前、表立ってマユへの誹謗中傷はなかったものの、毒を入れたのはマユだという者も数多くいたし、呪いの儀式や男漁りをしているというウワサは今も小声でささやかれていた。


 そんなある日。

 夕食を終えた一同がくつろいでいると、王が口を開いた。

「私と王子たちは明朝に礼拝へゆく。マユも来ないか?」

 浮かない顔で紅茶を飲んでいたマユは驚いた顔をする。

「え!? 礼拝!? 私も行っていいんですか?」

「マユにはマユの信じる神がいると思って今まで声をかけなかったが、マユに関する悪い評判を払拭したい」

 アレックスが紅茶のカップを置きながら優しい笑顔を見せる。

「マユがユーピテル神に敬意を見せれば、城の者たちの疑いも晴れるでしょう」

 デザートを食べ終わったノエルがマユのひざに乗ってくる。

「ボクがお祈りの言葉をおしえてあげるね♪」

 オスカーは黙ったまま赤毛を揺らして、マユを励ますように何度もうなずく。


 王は考え深げに緑色の目を細めて問いかける。

「マユはどうしたい? 礼拝に参加してもマユの神はお怒りにならないか?」

「ぜひお願いしたいです。私はなんちゃって仏教徒ですし、仏さまは他の神様に祈っても怒らないと思います。礼拝は前から取材したかったし……ゴホゴホ」

「それなら明日は全員で礼拝へ行こう」


 マユが居室へ戻るとサラはオレンジ色の髪を振りたてながら景気の良い曲を楽しそうにグランドピアノで奏でていた。その周りでは花の妖精たちが、音楽に合わせて楽しげに踊り狂っている♪

「マユおかえり!」

「ただいま。ねぇサラ、明日は朝の礼拝に行くことになったんだけど、何を着ていったらいい?」


 サラはピアノを弾く手をとめて唇をとがらせながら考える。それを見た妖精たちも、サラのマネをして唇をとがらせる。

「地味な色のドレスだったらなんでもいいよ! このあいだアレックスさまからプレゼントされた紺色のサテンドレスにしたら?」

「紺色のドレス? たくさんあるからわからないわ」

「あはは! 王様や王子様がなんかっちゃあマユにプレゼントしてくれるもんね! 衣装室は新しいドレスでいっぱいだもん! あとであたしが出しとくよ!」

「ありがと」

「あたし、そろそろ行かなきゃ」

「こんな遅い時間にどこへ行くの?」


 サラの顔がさっと赤くなる。

「えへへ。エンゾが世話してる月下美人の花が咲きそうだから見にいくんだ」

「いいなぁ! デートに行くんだ」

「えへへ。エンゾは庭の仕事が忙しいから昼間は会えないんだ。だから夜に会ってる」

「はいはい。楽しんできてね! エンゾによろしく」

「わかった!」

 サラはオレンジ色の髪の毛を揺らしながら妖精たちを引き連れて、足取り軽く部屋を出ていった。


 マユはサラを見送ると、ぐうっと背伸びをした。

「さあ、私もやるか!」


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