綺麗で甘い、素敵なケーキ♪♪
その後もマユの悪いウワサは増えるばかりだった。呪いの儀式をしている、幾人もの男と深夜に密会をしている、怪しげな魔法の薬を作っているなどの流言飛語が城内を飛びかった。マユを見かけた城の者たちは怯えた目つきで逃げだして、遠くでコソコソと言い合う。彼女の立場は日に日に悪くなってゆくのだった。
そんな中、議会が始まった。渦中のマユは貴族議員たちの控室でため息をついている。クリスタルでできたシャンデリアは窓から射す日光を受けてキラキラと輝き、高い天井に踊る七色の光を投影している。綾織の真っ白なテーブルクロスを掛けられた大きなテーブルの中央には、薄紫色の繊細なアイシングで飾られた長方形の大きなケーキが置かれ、花瓶にいけられた白い薔薇が興を添えている。セヴィと部下の執事たちは大掛かりなお茶会の準備に余念がない。何十脚もの皮張り椅子を等間隔に並べたり、銀のカトラリーに曇りがないかチェックしている。
執事たちを監督していたセヴィがマユに話しかけた。
「マユ様、この美しいケーキを取り分けるのはいつでございますか?」
「議員さんたちが休憩でこの部屋へ入ってきてからにしましょう」
セヴィは惚れぼれした表情で、うっとりとケーキを眺める。
「レース細工のように上品な飾りで、まるで芸術品のようです。まさか砂糖と卵白でこのように精巧な模様が描けるとは、誰も知りませんでした。しかしこのアイシングの薄紫色は、どこかで見た気がするのですが……」
何かを思い出そうとするセヴィの横で、マユはケーキが引き立つよう花瓶の位置をあれこれ変えてみる。
「私はアイシングを料理長に教えただけで、料理長の腕が良いんですよ」
「初めて見る美しいケーキに皆様きっとお喜びになられます。同じ物をオスカー王子とノエル王子のお茶にお出しするよう手配しています。お二方とも甘い物がお好きなので、あちらでもお喜びになられるでしょう」
「そうだといいんですけど……」
二人が話していると一足先に議会を抜けたリチャード王とアレックス王子が高い天井に靴音を響かせながら颯爽と部屋へ入ってきた。王は美しいケーキを見て、感嘆の声をあげる。
「おぉ! 素晴らしい! さすがマユの肝いりで作らせただけのことはあるな、アレックス!」
「そうですね。こんなに麗しいケーキは見たことがありません。マユにお礼を言いますよ!」
感心する王と王子にマユは頭を下げる。
「今日はお気遣いいただき、ありがとうございます」
「気遣い? 何のことだ?」
王はとぼけ顔で聞き返す。
「最近ヘンなウワサで私の立場が悪くなっているから、評判を回復するため議会にケーキを差し入れするよう言ってくれたんでしょう……?」
アレックスは湖のような青い瞳でマユの黒い瞳をのぞきこみながら優しく微笑む。
「今回はレティシアの披露宴の前準備ですよ。結婚式のケーキをウェディングケーキと呼ぶのでしょう? これは披露宴の当日に失敗しないため作らせた試作品です。マユが気にすることはありません」
「私よりお二人のほうが議会やレティシアさんの結婚準備で大変なのに……」
「議会も儀式も粛々と進めるだけだ。それよりも……」
肩を落として黙り込む王をマユは心配そうに見つめる。
「それよりも? もしかして、もっと大きな問題があるんですか?」
王は深い緑色の眼に涙を浮かべると天井を見上げ、輝く銀髪を振りたてながら大声をあげた。
「…それよりも可愛いレティシアが嫁にいくのが悲しいのだ! 掌中の珠のように育てて精一杯の愛情を注いできたのに嫁に行ってしまう! ずっと、ずうっと側にいてほしいのに! いっそ出戻ってこないかな!? 離婚とかして帰ってこないかな!?」
「そ、それはちょっと……」王の豹変にアセるマユ。
アレックスは王のようすに動揺した様子もなくにこやかだ。「父上、まだ結婚の儀も済んでいないのに離婚の話は早すぎますよ」
王は大声でがなり立てる。
「もちろんアンドレア王子のことは好ましく思っている! 二人の結婚でザクセン王国と結びつきが強くなるのも喜ばしいかぎりだ! しかし愛するレティシアが他の男に取られるかと思うと、うがあああああ!!」
「お、王様、落ち着いて……!」
マユが取りなしているとたくさんの靴音と大勢の話し声が近づいてきて貴族議員たちが部屋へ入ってきた。
「リチャード王、アレックス王子、今日はお茶会にお招き下さいましてありがとうございます」
貴族たちは美しいケーキを見て目を見張る。
「この繊細なレースで飾られた四角い物は何ですかな?」
「薄暮を思わせる美しい紫色です」
「宝箱でしょうか?」
「飾り物では?」
「きっと高名な作家が作った美術品でしょう!」
今まで泣きわめいていた王が取り澄ました顔で答える。
「これはマユが作り方を教えてくれたケーキだ。レティシアの結婚披露宴に出す予定で、今日は試作品を作らせたのだ。ぜひ貴殿たちの感想を聞かせてほしい」
初めて見るアイシングケーキに貴族たちはザワつく。
「なんと!? この美しい細工は食べられるのですか!?」
「食べるのがもったいないほど見事ですな!」
「マユ様がこの美麗なケーキをお作りになったのですか!?」
「素晴らしい! 我が国の特産品にしましょう!」
「他国の者たちがこぞって買いに来ますよ!」
「さすがマユ様!」
「マユ様のおかげで結婚披露宴の準備は着々と進んでいます」
「リレキショという書類のおかげで面接時間が飛躍的に短かったそうで!」
「職種別に研修会を行うなど、誰も考えつきませんでした!」
「他にも色々ご活躍と聞いておりますぞ!」
貴族たちからの賞賛にマユはあわてて手を振り回す。
「ケーキの飾りも履歴書も、私が発明したんじゃないです!」
貴族たちがマユを褒めたたえるのを見ている王と王子は上機嫌だ。
「さっそくマユの麗しいケーキを味見してみよう!」
「父上のおっしゃる通りです。ぜひとも皆さんのご感想を聞かせてください」
全員はいそいそとテーブルについた。セヴィを先頭に執事たちが紅茶で満たされた銀のティーポットを持って、白磁のカップに香り高い紅茶を注いでゆく。マユは緊張の面持ちでケーキを切り分け、王や貴族たちに配った。
貴族たちはテーブルに置かれた銀のナイフとフォークを取り上げ、興味津々でケーキを見つめる。
「ほほう! 中のクリームも美しい薄紫色をしている!」
「マユ殿、この色は何ですかな?」
「まるで黄昏れ時の空のようだ!」
「白いクリームに何を混ぜたらこのような色が出せるのですかな?」
ケーキを配り終えたマユは貴族の質問に答えた。
「スミレの花の色です。スミレは食べられる花なので、スミレの花びらで着色しました」
「なんと! 花びらとは!」
「聞くだにロマンチックなケーキですな!」
「スミレの花が食べられるとは知らなんだ!」
「ワシもまったく存じなかった!」
貴族たちが感嘆する中、なぜかセヴィが部下たちへ指示を出し、配られたケーキを皿ごと回収し始めた。同時に小声でオスカーやノエルのケーキを回収するよう命じる。部下たちは瞬時に反応し皿を集め、指示をうけた執事は足早に部屋を出て行った。食べるのを心待ちにしていた一同は戸惑いを隠せない。リチャード王がセヴィに声をかけた。
「セヴィ、なぜケーキを下げているのだ?」
セヴィはテキパキとケーキの皿を下げている。ケーキを持ち去られる前にと慌ててフォークに刺したケーキを口へ運ぼうとする太ったトーマス子爵からは、フォークごと引ったくって食べるのを阻止した。
無駄のない動きでケーキを回収していたセヴィは、王の質問に足を止めると銀の盆を片手で捧げ持ち直立不動の姿勢で王を見た。
「マユ様はスミレの花びらで着色するよう申し付けたのでしょうけれど、これはスミレの色ではございません」
訝し気な顔でアレックス王子が問いかける。
「セヴィ、どういうことです?」
「このケーキを見て、どこかで見た色だと思っておりました。しかし思い出せずにいたのです。マユ様のご説明をうかがって、やっとわかりました。これはトリカブトの花の色、これは毒入りケーキでございます」




