なんだか不穏な空気が……。
「サラにお友達ができたの?」
「うん! エルザとエンゾ! それから同じ部屋のモリー! 執事長のセヴィさんはあたしが男爵の娘だからって一人部屋をくれようとしたんだけど、二人部屋にしてもらったんだ」
「一人部屋のほうがいいんじゃないの? どうして二人部屋に?」
サラはオレンジ色の瞳をきらめかせて笑う。
「だってあたしは大家族なんだよ! 一人ぼっちじゃさびしいよ!」
「そうなの? 同室のモリーさんに、エルザさんとエンゾさん……。エルザとエンゾって似た名前ね」
「顔も似てるよ! 二人とも緑色の髪と瞳なんだ♪ エンゾは庭師で、エルザはレティシア王女様の第五侍女だよ」
「レティシアさんの侍女さん? レティシアさんはアンドレア王子と一緒にザクセン王国へ行ったけど、エルザさんも一緒に行ったの?」
サラはオレンジ色の髪の毛を揺らしながら首を振る。
「ううん。レティシア様と一緒なのは先輩たち。エルザは侍女になって少ししかたってないから、ずっとお城にいるよ」
「そっか。それでエンゾさんっていうのは?」
急にサラの顔が真っ赤になった。
「サラ、熱でもあるの? 顔が赤いよ?」
「ううん! エンゾはね、面接で噴水に落ちそうになったあたしを助けてくれたの。一緒にお城で働けたらいいねって言ってたら、エンゾも庭師で採用されたんだ」
「友達っていうわりには、サラの顔が赤いんですけど。ww」
「そそそ、そんなことないよ! エンゾはカッコよくてお城の女子たちがキャアキャアいってる。あたしなんか……」
「あたし『なんか』なんて言わない! サラは可愛くて素敵なお嬢さんです!」
「あ、ありがと……」
それから1週間後。
王とアレックス王子は王の執務室で難しい顔をしていた。王の机の上にはレースのハンカチと、桜色の便箋が何枚も置かれている。便箋にはどれも「好きです♡ ワタシと付きあってください♡」と書いてあり、その下に書かれている待ち合わせの日時や場所はてんでバラバラだ。
アレックス王子は金色の長いまつ毛を瞬かせながら、憂鬱そうに王へ告げる。
「最近、城の者たちへ届いた手紙です。男性の貴族や大臣、衛兵やフットマンに至るまで、受け取った者は多岐にわたります。しかし送り主の姿を見た者はいません」
「片想いをしている女が送った恋文のように見えるが……」
「受け取った者たちによると、待ち合わせの場所へ行っても誰も来ないそうです。恋人募集中の衛兵などは期待に胸をふくらませ、一晩中待ち続けてひどいカゼをひいたそうで……」
王は上質な紙でできた桜色の便箋を撫でながら眉をひそめる。
「タチの悪いイタズラか? しかしこの便箋は、あの便箋のように見えるが……」
「父上がお察しの通り、この便箋はマユのため特別に作らせたものです。色も特別ですが……」
王子が桜色の便箋をつまんで太陽の光にあてる。
「飾り文字の名前が、透かしで入っているのです」
「マユはこの紙が自分だけの特別なものだと知っているのか?」
「特別扱いをすると怒るので、マユには知らせていません。透かしが入っているのも知らないでしょう」
「この紙で書かれているとなると、差出人はマユしかいないように思えるが……。そのハンカチは何だ?」
「これもマユの物です。名前の刺繍が入っています」
「それがどうしてここにある?」
アレックスは肩を落とす。
「エバンズ枢機卿が持ってきたのです」
「枢機卿が?」
「昨夜、城の礼拝堂の扉にカワセミをくわえた毒蛇の死体が打ち付けてあったそうです」
王は眉を吊り上げる。
「カワセミ!? 我が国の国鳥が!?」
「ええ。それが邪悪神ユディアボルスの名を持つ毒蛇にくわえられて死んでいたそうです」
「なんと不吉な! 神聖な国鳥を礼拝堂に打ち付けるなど! 我が国を呪っているとしか思えん!」
「枢機卿も同じ意見です」
「神をも恐れぬ不敬な犯人を捕らえろ!」
激昂していた王ははっとした。
「ユディアボルス……。たしかアカルディ王が送ってきた蛇だな」
「そうです」
「まさか、アカルディ王国が関係しているのか?」
「わかりません」
「じゃあ、一体何者が?」
「それが……。枢機卿はマユが犯人だと考えています」
「なぜだ!?」
「現場の近くにこのハンカチが落ちていたからです。ハンカチにはカワセミの羽が付いていました。おそらくこのハンカチで死体を包んで持ち運んだのでしょう。ですから枢機卿はマユを捕まえるべきだと……」
王は厳しい顔で言下に否定する。
「マユが犯人であるはずがない!」
「私もそう思います。しかしハンカチや手紙のせいで、マユの立場が悪くなっているのは事実です」
「問題のあった時間に、マユはどこにいたのだ? マユの潔白が証明できれば疑いは晴れる」
「それが彼女に訊いてもハッキリした返事が返ってこないのです」
「どういうことだ?」
「あちこちに手紙が届けられたのも礼拝堂に異変があったのも、真夜中だと思われます」
「その時マユはどこにいたのだ?」
「いずれの夜も一人で自分の部屋にいたと話しています」
「何をしていたのだ?」
「それがハッキリしないのです。モゴモゴ言うばかりで、何をしていたか言いたがらない」
「真夜中なら寝ていたのでは?」
「もちろん聞きました。しかし起きていたと言うのです。それなら何をしていたか聞くと、モゴモゴ言うばかりで……」
「マユは自分の立場が悪くなっているのを知っているのか?」
「私からは伝えていませんが、城の者たちの態度で薄々気づいているようです」
「かわいそうに……。しかし何をしていたか言わないと、守りたくても守れない」
「父上のおっしゃる通りです……」
二人は暗い顔で肩を落とした。




