サラの福利厚生♪
机には羽ペンで文字が書かれた桜色の紙が何枚も積み上げられている。
「ぎゃああああ! なんでもない! 見ないで!」
あわてて紙をかき集めるマユを不思議そうに見つめるサラ。マユは紙を引き出しに突っ込むと、サラの背中を押して部屋から追い出した。
二人で居室へ戻るとサラがマユに聞いた。
「マユ、お茶を持って来ようか? あたし、仕事をしないとご飯が食べられないから」
「ありがと。お願いします」
サラは部屋から出てゆくと、しばらくして紅茶のセットと陶製のカップが乗ったワゴンを押して戻って来た。
「お湯を取りに厨房へ行ったら、料理長がマユにこれを持って行ってくれって」
「あ! プリンだ!」
「プリン? なにそれ?」
「パンドラの食べ物よ。サラも一緒に食べよう!」
「でもあたしはメイドだから……」
つやつやとしたプリンをガン見したまま、かろうじて残っている理性で反論するサラ。
「それなら食べて感想を教えて? これはお仕事です♪」
「これが仕事!? やったぁ! それじゃあお言葉に甘えて♪♪♪」
優美なピンク色のソファにマユと並んで座ったサラは、興味津々でプリンをすくう。
「すごくキレイな卵色だ……。いただきます」
一口食べるとサラはオレンジ色の目を見開いた。
「おいしい! これ、なんだ!? こんなおいしいの初めて食べた!」
大喜びするサラを見て、マユはうれしそうにプリンをすくって口へ運ぶ。
「ハルモニアにはプリンがないんだってね。材料は全部あるのに作ってないっていうからビックリしたわ」
「おいしいなぁ~! 家族にも食べさせたいなぁ~!」
「材料さえあれば作れるわよ。あとでレシピを教えてあげる。サラの家族ってどんな方たちなの?」
嬉しそうにプリンをパクつきながらサラはニコニコする。
「うちは男爵家っていっても、ビンボー貴族だよ! お父さまはお芋が好きで妖精たちの力を借りて、畑で新しい品種のジャガイモを作るのが趣味なんだ」
「……男爵イモ……」
「お母さまは領内の世話役で、みんな困りごとがあるとお母さまに相談に来るんだ。ドゥワーフたちは優しいお母さまのことが大好きだから、ファンクラブもあるよ♪」
「ごきょうだいは?」
「あたしは八人きょうだいの末っ子で、お兄さまもお姉さまも成人してる。お兄さまたちはお父さまと一緒に畑をしてるし、獣人たちの力を借りて牛や馬や羊の世話もする。うちは男爵家というより農家だよ♪」
「お姉さまは?」
「嫁いだお姉さまもいるし、王族や貴族の城で教育係やコンパニオンをしてるお姉さまたちもいるよ。あたしはまだ15歳だから、そういう仕事はできないの。マユは何歳?」
「私は27歳」
「それなら二番目のシルヴィアお姉さまと同じ年だ。お姉さまには子どもが五人いてね、どの子もすごく可愛いの♪」
「子どもが五人……! どんだけスタートが早いんだ……!」
思わず白目になるマユ。
香り高い紅茶を飲みながら、マユはサラの幼い横顔を見つめる。
「えっと、サラは15歳だよね?」
「そう! 来年はデビュタントでデビューするよ! そしたら立派なレディだよ!」
「15歳で就職かぁ~! 偉いね! 私、決めた! サラの勤務時間はフレックス制にします!」
「ふれっくすせい? なんだそれ?」
「始業時間を自分で決めるシステムです。勤務時間は一日8時間までで、残業は認めません。一日8時間働いてくれるなら、働く時間はサラが好きに決めていいの」
「たったの8時間? それじゃお給金が減っちゃうよ! 12時間は働かないとデビュタントのドレスが買えないんだ!」
「児童にそんな働き方は許しません!」
「でもドレスが!」
「お給金は減らないようにします。 残った時間で好きなことをしてください♪」
「好きなこと……?」
サラのオレンジ色の目が光った。しばらくモジモジしていたが、意を決して口を開いた。
「あの……、あのねマユ。あたしね、お母さまやお姉さまにピアノを習ってたんだ。もし……もし良かったら、あのグランドピアノを弾いてもいい?」
「もちろん! 私はぜんぜん弾けないから、サラが弾いてくれたらピアノも喜ぶわ!」
サラの顔は喜びで輝く。
「やった~! またピアノが弾ける♪」
「さっき書棚の本を熱心に見てたけど、本も好きなの?」
「本も大好き!」
「それなら本も読むといいわ」
「ほんとにっ!? いいのっ!?」
「せっかくお城に来てくれたんだから楽しく働いて♪」
「マユ、ありがとう~! マユ大好き!! マユも新しい友達もみんな良い人だ! お城に来て良かった!」




