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ビンボー仲間、現る!

 ノエルに案内されて、マユは重厚な扉を開けた。王の執務室は天井の高い広々とした空間が広がり、豪奢な彫刻が施された巨大な机が置いてある。その上には王の承認を待つ書類がうず高く積み上げられていた。大きな窓からは城の庭園が一望でき、いろとりどりの花々が陽光を浴びながら咲き誇っている。分厚い絨毯を踏んでおそるおそるマユが部屋へ入ると、火のついていない暖炉のそばにアレックス王子が立ち、オスカーは芳しい花の香りがするそよ風を受けながら窓の外を眺めていた。そして机に座る王の前には執事長のセヴィに付き添われて、メイド服を着たオレンジ色の髪の少女が緊張した面持ちで立っていた。


「お呼びでしょうか?」

 マユが執務室に入ると、王は座っている自分の膝をポンポンと叩いた。

「マユ、ここへ座れ。私のヒザへ♡」

「…………けっこうです!」


 偉大な王がボケてすげなく断られるのを小柄な少女は信じられないといった顔で、オレンジ色の目をまん丸にして見ている。セヴィは何事もなかったかのように澄ました表情で少女を紹介した。

「今日からマユ様付きのメイドになります、サラ・マリエ・ウォールデン男爵令嬢です」

 

 セヴィの紹介を聞いたマユはのけぞった。

「男爵家のご令嬢さま!? そんな高貴な方に私のメイドさんなんてお願いできません! 私には必要ありませんからお引き取りください!」

 それを聞いた少女はオレンジ色の髪の毛を揺らしてピョンと飛び上がるとマユに取りすがった。

「雇ってもらわないと困ります! あたしは8人兄妹の末っ子で、うちはビンボーなんだ! お城で働けばおなかいっぱいご飯が食べられるんだ! どうか雇ってください!」

「おなかいっぱい……? もしかして……あなたも……あなたもビンボーなの……?」

「そうだよ……そうです! うちにいても役に立たないから、ご飯を食べるのも気がひけるんだ……です」


 マユの目に、じわりと涙が浮かんだ。

「……わかる。わかるよ! ご飯はおなかいっぱい食べたいよね! 私もビンボーだから、その気持ちは痛いほどわかるよ! 食べて! お城でおなかがはちきれるほどたくさん食べて!」

「マユ様……!」

「様なんていらないから! 私たちはビンボー仲間よ! マユって呼んで!」

「マユ、ありがとう! あたしのことはサラって呼んで……ください!」

「サラっ!」

「マユっ!」


 ひしと抱き合うビンボーな二人を見て王は満足そうだ。

「相変わらずセヴィの人選は間違いないな。礼を言うぞ」

「恐れ入ります」

 無表情だったセヴィの顔に嬉しそうな笑顔が浮かぶ。けれども次の瞬間、また無表情な顔に戻った。

 王は優しい表情でマユとサラを見ながら尋ねる。

「サラ嬢は……、私が頼んでおいた条件も満たしているだろうな?」

「もちろんでございます。ビンボー……いえ、マユ様と共通点があるだけでなく、あちらの条件も満たしておいでです。伯爵令嬢や公爵令嬢がマユ様のもとで働きたいとお申し出くださいましたが、サラ嬢が最も適していました」


 マユとサラは抱き合ったまま王とセヴィを見つめた。

「サラを選んだ条件?」

「あたしが一番……? 公爵令嬢や伯爵令嬢よりも???」


 王は仲良くなった二人を見て緑色の目を細めて笑う。

「お前たちが気にすることはない。二人で楽しく過ごせばいい」

 王の言葉に美麗三王子も優しくにっこり微笑む。

「「ま、まぶしい!」」

 きらびやかという言葉に無縁の二人は、華麗な王族の笑顔に思わず目をおおうのであった。


 マユとサラは連れ立ってマユの居室へ向かった。優美な柱の立ち並ぶ回廊を歩いていると、庭園から可愛らしい小鳥のさえずりが聞こえてくる。

「サラを選んだ条件って、なんだろう? サラ、わかる?」

「う~ん……。アレかなぁってことはあるんだけど、大したことない特技だから……」

「どんな特技?」

 サラは急に真っ赤になって、オレンジ色の髪を揺らしながらブンブン首を振る。

「言えない! あたしよりスゴイ人はいっぱいいるから! 恥ずかしくて言えないよ!」

「そっか。じゃあ、いつか教えてね」


 マユの部屋に入るとサラは感嘆の声をあげた。

「すごい! お姫様の部屋みたいだ!」

「無駄に豪華でしょ? ビンボー人には落ち着かない広さと豪華さなのよ」

「わかるよ……。ww」


 幾重にも重なる白いレースのカーテンの間から明るい光が射す広い部屋には、あちこちの花台に生けられた花々の甘い香りが漂っている。温かいので暖炉に火は入っていないが、いつでも使えるよう磨き抜かれた道具が置いてあり、薪が積み重なっている。そして暖炉の飾り台にもたくさんの花が活けられ、甘い香りを漂わせている。床には艶やかなマホガニーの寄木細工が施され、モフモフした淡い色合いの絨毯がそこここに敷かれている。華奢で優美な猫脚のローテーブルやソファは可愛らしいピンク色だ。広い部屋の隅には真っ白なグランドピアノが置かれていて、その横にある大理石の優美な飾り台には黄金色の竪琴や笛が置いてあった。

「すごい! 自分の部屋にグランドピアノがある!! マユは楽器が得意なんだね!?」

「ぜんぜん。ww 触ったこともないわ」


 部屋の天井は漆喰細工で華やかなアラベスク模様が描かれ、黄金とクリスタルでできたレースのように繊細なシャンデリアが下がって、窓から入る陽光をキラキラと反射している。

「あたしのうちにもシャンデリアはあるけど、こんなに立派じゃないよ!」

「ろうそくを何本も使うから昼間より夜のほうが眩しいくらいよww」

「あの扉は?」

「あっちは私の寝室。見る?」

「見たい!」


 サラはおそるおそる金色に輝くドアノブを回して寝室をのぞき込む。

「うわぁ……! 天蓋付きのベッド! お姫様みたいだ……!」

 薄い白のオーガンジーでしつらえた天蓋には、いくつもの小さなリボンがあしらわれて、キングサイズのベッドは艶やかなピンクサテンのベッドシーツで覆われている。その上には柔らかそうな羽根枕やクッションがいくつもあった。そしてこの部屋にもあちこちに花が活けられ、甘いにおいが漂っている。


 サラはおそるおそるベッドに近づくと、荒れた手でそうっとベッドを撫でる。

「シーツも枕もクッションもぜんぶ絹でできてる……。こんな豪華なベッド、初めて見た……!」

「見た目は豪華だけどね、絹ってさわるとヒヤっとするのよ。冷え性の私としては木綿のほうがいいんだけどね……」


 薄いピンクの壁紙に、リボンで飾りたてられたベッドや、華奢な猫脚のソファセットや書き物机を見てサラがつぶやく。

「すごくかわいい部屋だね……。マユの趣味なの?」

「ちがうよ……。セヴィさんが選んでくれたの」

「え!? あの怖そうな執事長が!?」

「どうやらセヴィさんの趣味らしくて……」

「ふぅん……。そうなんだ……」

「そうなのよ……」

「知らないほうかよかったかも……」

「そうなのよ……」

 気まずい沈黙が二人を包む。


 乙女らしい部屋に似つかわしくない壁一面の書棚にぎっしり並んだ本の背表紙を歩きながら熱心に見ていたサラは、窓辺にある可愛らしい猫脚の書き物机の上に積み上げてある紙の束を指差した。

「マユ、これは? これはなに?」

 

マユは飛び上がって、机に駆け寄った。

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