それぞれの黒い思惑
ベッラがマユへの憎悪を募らせて人形の首を引きちぎっている頃、アカルディ王はラナンキュラスの咲く庭園で、花の香りに包まれながら一人苦悩していた。王は狂おしい目つきで毒蛇に噛まれた手の古傷をじっと見つめる。一歩間違えば死を招くはずだった忌まわしい傷跡とはいえ、そこは愛しいベッラが唇を付けた唯一の場所だった。
「やるべきか、やらざるべきか……。しかしこの機会を逃せば二度と好機は来るまい。失敗すれば死あるのみ……。拙が死んだら愛する国の民たちはどうなるのだ? だが……」
王は銀色の髪をかきむしり、眉間には苦悶の皺が刻まれている。
「愛するベッラと愛する民たち……。拙はどちらを選ぶのだ?」
絶望的な気持ちになって両手で顔を覆うと、藍色の瞳から涙がとめどなく溢れた。
「プランタジネットの王さえいなければ……! 王が死ねば……」
自分の言葉にはっとして彼は目を開けた。涙で曇る視界には、今を盛りと咲き乱れるラナンキュラスの花々が見える。ベッラを思わせるその花は幾重にも重なった花弁で重たげに傾き、まるでベッラが首を傾げてこちらへ問いかけているように見える。
「あの時ベッラが助けてくれなければ、今こうして生きていることはなかった……。」
傷跡を見つめる彼の眼に、強い光が宿った。
「ベッラに救われた命で彼女を幸せにして何が悪い? 彼女のためにあの男を排除して何が悪いというのだ? 拙がベッラを幸せにする! その為にはあの王が邪魔だ! 拙は彼を排除する! 決行は儀式の日! 拙は必ずやり遂げる!!」
それから数日後。
プランタジネット城の一室では、セヴィが見守る横で部下の執事たちが厳重に梱包された大きな木箱を相手に苦戦していた。箱の中からは「キキキキキ!」というガラスを引っかくようなイヤな音がしている。
執事たちが苦労してクギを抜いていると、ノエルがマユを引っ張って部屋へ入ってきた。
「レティシアおねえさまへプレゼントが届いたの! マユも見たいでしょう!?」
「わたしはいいってば! レティシアさんより先に見るのは失礼よ!」
「だっておねえさまはアンドレアおにいさまの国へいってらして、いらっしゃらないんだもの!」
「そりゃあ、そうだけど……」
「もしもあまくておいしいケーキだったら、はやくあけないと!」
「でもわたしが見るのは違うと思う!」
「いいの♪ いいの♪ マユはみたくないの?」
「……見たい……」
「そうでしょう!? ボクも見たいの♪」
セヴィが二人へ声をかけた。
「どうぞお二人は立会人としてご覧になってください」
「セヴィ、ありがと♪」ノエルは天使の笑顔を見せ、それを見ていた執事たちはほっこり顔だ。
セヴィの許可が出たマユは、ノエルに引っ張られておそるおそる箱へ近づく。
「……どこから届いたんですか?」
「アカルディ王国のロレンツォ王からです。何でも王が手ずから育てた物だそうで、ぜひにと」
「手作りですか?」
「そのようです」
「何でしょうね? さっきからキキキってヘンな音がしていますけど」
執事たちがやっとすべてのクギを引き抜いて重い蓋を開けると、中をのぞきこんだマユとノエルが「「きゃああああ!」」と悲鳴をあげて部屋から飛び出した。残された執事たちも顔を青くして箱の中を見ている。箱の中には赤黒い獰猛な毒蛇が何十匹も絡まり合っていた。木箱の蓋が開き急に明るくなって警戒したのか、さらに大きな音で「キキキキキ!」と耳ざわりな警戒音を響かせる。
「執事長……これは……」
真っ青な顔の部下に問われたセヴィは薄茶色の瞳で冷たく蛇を見つめる。
「毒蛇のユディアボルスですね……。噛まれたらひとたまりもありません。気をつけなさい」
セヴィの陰に隠れて蛇を見ていた執事たちが口々に言い合う。
「アカルディ王から届いたレティシア様へのお祝いということですが……」
「結婚祝いに毒蛇とは……?」
「なんと不吉な! 贈り主のアカルディ王はかつて、この蛇に噛まれて命を落としかけたと聞いています」
「そんな縁起の悪い蛇を送ってくるとは……!」
「アカルディ王はレティシア様の結婚が気に入らないのでしょうか?」
「きっとそうに違いありません!」
「これは嫌がらせです!」
「蛇に呪いをかけているのでしょう!」
「アカルディ王は国賓として結婚の儀や披露宴に御臨席なさいます。」
「儀式や宴は無事に済むのでしょうか……?」
「不吉なことが起こらなければいいのですが……」
「イヤな予感しかしません……」
「執事長、どうしたものでしょう……?」
「どうしたものでしょうねぇ……」
そう言いながらセヴィは白い手袋をはめた手で、一匹の毒蛇を掴みあげた。
「キキキキキ!」
蛇は身をよじりながら毒牙を剥きだして不穏な音をたてる。
「セヴィ様! おやめください!」
「噛まれたら即死ですよ!」
のけぞる部下たちを前に、セヴィはじっと毒蛇を見つめるのであった。




