あのクソ女、死ねばいいのに!!
マユは真っ赤な顔をして答えた。
「バイキングなら、ナイフやフォークやお皿も少なくて済みます! それに何度も料理を運ぶ必要はありません!」
「ばいきんぐ? 聞いたことのない言葉だ。マユ、それはなんだ?」
王の言葉を受けて王子たちは、マユを励ますように何度もうなずいて見せる。
「……大きなお皿に何十人分も料理を盛り付けるんです。そして何種類もの料理をテーブルに並べておきます。お客は食べたい料理を自分で皿に取り分けます。好きなお料理を好きなだけ食べられるし、自分で取りに行きますから給仕は必要はありません」
小さなノエルが歓声をあげた。
「すきなお料理をすきなだけたべてもいいの!? ニガテなにんじんはたべないで、ケーキだけたべてもいいの!? それって、すごくすてきね!」
アレックスが苦笑いする。
「お祝いの席だから、ですよ。普段はちゃんと人参も食べてください。けれどノエルでなくても心が躍る趣向ですね!」
オスカーは激しく同意して何度もうなずく。ノエルは早くもバイキング料理を想像してうっとり顔だ。
「ボク、はやくバイキングが食べたいな! ローフトビーフもあるかしら?」
「ローフトビーフではなく、ローストビーフですよ。ww」
笑い合うアレックスとノエルの横で王は忙しく頭を働かせている。
「……ふむ……プレイスプレート(フランス料理などで見られる皿の下に皿を置くセッティング)を省くだけでも皿の枚数は大幅に減るし、給仕の人数も少なくて済む。何より好きな物を好きなだけという趣向が面白い! ばいきんぐなど、誰も見たことも聞いたこともないぞ! ありとあらゆる料理を並べて、後世に語り継がれる宴にしよう!」
夢中で考え込んでいる王に、アレックスが声をかけた。
「父上、マユに披露宴を司る統括官になってもらってはいかがでしょう?」
「統括官?」
「ええ。結婚の儀は古くからの伝統を踏襲して厳粛に執り行われますが、披露の宴は両国の新しい関係を示すため新しい形で行ってはいかがでしょう? そのためにはマユが適任かと」
「それはいい! マユ、この仕事を受けてくれるか?」
「え……? 仕事はしたいですけど、私にできるかどうか……」
「もちろん私も手伝いますよ!」アレックスが微笑みながら胸に手をあてて言う。
「ボクもおてつだいしたい!」ノエルは銀のスプーンを振り回す。
「…………俺も!」オスカーがやっとの思いで口を開いた。
マユは不安そうな表情を浮かべていたが、頭をブルっと振ると答えた。
「……仕事はしたいです! やります!」
王は緑色の目を細めて満足そうに頷く。
「王子たちだけでなく、私も全面協力する。そしてマユと私が結ばれた暁には、今回の経験が大いに役立つだろう!」
アレックスも金髪を揺らして父王に負けじとニッコリする。
「父上には申し訳ありませんが、マユは私の妃になってもらいます。父上には花婿である私の父として、お力になっていただきましょう。ねぇ、マユ♡」
「おとうさまも、おにいさまもやめて! マユはボクのおよめさんになるんだから!」
天使のようなノエルが可愛らしい顔を真っ赤にして抗議する横で、オスカーは無言でマユへ切ない視線を送る。
王と王子たちがマユを取り合うのを見た女王たち四人は、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
彼女たちの憎悪で人が殺せるなら、マユはその場でバッタリ倒れ伏したただろう。冷めた紅茶を飲みながら、マユは叱られたワンコのように女王たちから視線を逸らすのだった。
女王は目だけが笑ってない冷たい笑顔を作ると残りの紅茶を飲み干した。
「どなたと結婚なさっても、お喜ばしいことですこと」
「いえ私は……」
言いかけたマユを無視して女王が席を立つ。
「婚姻がお決まりになったらお知らせくださいね、マユ様。さあ、そろそろお暇しましょう」
不満そうな王女たちを引き連れて女王が辞去した後、給仕をしていた者たちも東屋も楽団もきれいさっぱり姿を消して、薔薇の園にはいつもの静けさが戻ってきた。
城へ戻った王とアレックスは、ほっとした顔で言い合う。
「思ったよりも簡単に引き下がってくれましたね。父上はどう思われます?」
「もっと抵抗にあうかと思っていたが、意外とすんなりいったな!」
マユはうんざり顔だ。
「わざとでしょう?」
王と王子は、とぼけた顔で互いに見つめあう。アレックスは陽光の降り注ぐ金髪をかしげた。
「なんのことですか?」
「とぼけないでください! あなたたちと結婚したい母娘に、わざと私を会わせたでしょう!?」
「マユは大事な方ですから客人に紹介するのは当然のことですよ。ww」
「勝手に私と結婚するとか言わないでください!」
王はため息をつく。
「ああも強引に詰め寄られると重荷に感じるのだ。けれど今回もマユのおかげで難を逃れることができた。なあ、アレックス」
「本当にマユには助けてもらってばかりです。私と同じ年齢というだけで一方的に運命を感じられても、お付き合いする気にはなれません。ましてや結婚など……。今までは国のために結婚するのが当たり前だと考えていましたが、レティシアのように愛する人と結ばれたいです」
アレックスがマユにウインクする横で、小さなノエルがぷうっと頬をふくらませる。
「ボクなんか、むりやりキスされそうだったよ!」
オスカーは色々と思い出したようで、暗い顔をして首を振っている。
アレックスはマユを見つめながら、うっとりとした表情を浮かべる。
「他の王族や貴族のご婦人も似たり寄ったりです。好意を寄せてくださるのは嬉しいですが、その好意は私たちが王族だから、または特別な力を持っているからです。私が王子でなかったら、特別な力を持っていなかったら、誰も相手にしないでしょう」
「そうは思いませんが……。ところで特別な力って、なんですか?」
聞かれたアレックスは意外そうな顔をしたが、すぐ笑顔になった。
「マユはパンドラから来たので、ご存じないのですね! そういう所も大好きですよ♡」
「いったいどんな力なんですか?」
「いつか特別な力をお見せしますよ♡ 楽しみにしていてください☆」
王は緑色の目をきらめかせて笑う。
「特別な力を持っているのは、アレックスだけに限らんぞ。無論私もオスカーやノエルも持っている」
「はぁ……。」
「婦人たちは私たちの特別な力と、王族という立場に惹かれるのだ」
「それだけでしょうか……?」
四人の美しく整った端麗な容姿を見ながらモゴモゴと反論するが、ご機嫌な王には聞こえないらしい。
「だがマユは違う。マユだけは隙あらば逃げようと必死だ。ww 逃げられると追いかけたくなるのだ♪ 追いかけるのがこんなに楽しいとは知らなかったぞ!」
アレックスが真珠のような歯を見せて笑顔を浮かべる。
「おかげで私たちを追い回すご婦人たちの気持ちが理解できるようになりました♪ww 追いかけていると胸がときめきます♡」
うんうんと深くうなずく一同を前に思わずマユは立ち上がる。
「追いかけ回されるのがイヤなのは私だって同じです! されてイヤなことを私にしないでください!!」
マユが王たちに爆発している頃、女王たち母娘は不機嫌きわまりない顔で馬車に揺られていた。ベレニスとベアトリスが顔を歪めて女王に訴える。
「お母様、あのマユって女はなんなの!?」
「ブスなくせにちやほやされて気に入らないわ!」
「なんとかしてくださいな!」
「あの不細工がいるかぎり、王子は振り向いてくれませんわ!」
「どうして引き下がったのですか!?」
二人の姉たちが不満を訴える横で三女のベルナデットは「マユきらい! マユきらい!」そう言いながら、人形を力まかせに叩いている。女王はうつむいて身体を振るわせていたが、赤っぽい金髪を振りたてて金切り声をあげた。
「お黙りなさいっ!」
女王はベルナデットから人形を取り上げてゼイゼイと荒い息をつく。
「正体不明の女が王たちに取り入っていると聞いていましたが、まさかああまで溺愛されているとは……!」
長女のベレニスがギリギリと歯ぎしりをする。
「王族どころか貴族でさえない下賤の女だと言うだけでも気に入らないのに、パンドラから来たよそ者ですって!?」
次女のベアトリスは苛立たしげに床を踏み鳴らす。
「いったいどうやって城へ潜りこんだのかしら!? お母様はご存じありませんの!?」
女王は無言で人形を握りしめ、その手は怒りで激しく震えている。
「とにかく……。とにかく絶対にこのままでは済ませませんからね!」
女王はそう言うと、力まかせに人形の首を引きちぎった。




